と、言っても。
御大層なことではありません。
(私にとっては、御大層なことなんだけど)
所属教会のB神父様の御親切で。
「毎週水曜日の夜7時から、
興味のある人は、フランス語を始めませんか?」
と、お声掛かりがあり。
「簡単な会話程度らしい」とのことで。
お調子者の私は。
いつものように、
「ハイハーイ!」
と、手を挙げてしまっただけ。
仲良しの、T子さんと一緒に。
T子さんのご主人様は
神戸大で、第二外国語として
履修なさっていたとのこと。
心強い仲間であります。うん。
「私にとっては、御大層なことなんだけど」
と、書いたのは。
学生時代に、一度、挫折しているんですね、フランス語。
ラテン語と、ドイツ語を抱えていて。
そこに、さらに、フランス語を抱えようとして。
もともと、アタマの先から、足の先まで
「ゲルマンしている」私には
ついていけなかった、フランス語。
一か月そこそこで、白旗上げて、放り出した。
……根っこには、フランス(と、フランス人)に対する、
根強い、苦手意識――偏見があった。
裏返せば、幼い頃から培われてきた、
フランスへの、強い憧れ……が、
ついに、タダの一度も、むくわれなかったという、
涙の過去の、積み重ねがあります。
私の霊的な父上様である、Bパパ(B教授)は、
イタリア人でありながら、パリ暮らしが長く、
母国語であるイタリア語よりも、フランス語を、
「世界一美しい言語である」と
おっしゃっていた。
もちろん、フランスを愛すること、この上なく
(ニューヨーク暮らしも長かったくせに)
エスプリに満ちた、オシャレな方で
いらっしゃいました。
ローマッ子が、パリで、更にセンスに磨きをかけた……
そんな感じ。
なんのことはない。
根っこは、ベスビオス火山だったけど。
こんなことがありました。
以前、車で、事故にあったことがあります。
かなりヒドイ事故で、突っ込まれた当方は、廃車になった。
私は、硬膜下出血で、脳外科に入院。
吐き気がおさまらず、眼から光が入ると痛む。
サングラスをかけて過ごす始末。
離婚裁判中の出来事で、悲惨でした。
悪いことって重なるもンです。
そんな時こそ、御聖体を拝領したい。
友人のYちゃんに頼みました。
彼女は、なが~い御友達なので、私のこともよく知ってる。
お仏蘭西人が苦手なのも知ってる。
――嗚呼! それなのに!
よこしてくれた、神父様は!
イ○ズス会士の、立派な、もと、仏蘭西人だった!
告悔を済ませて。
御聖体をいただいて。
よろず、会話をしているときに。
H神父様;「Nさん(Yちゃんのこと)は長い友達ですか?」
私;「はい。もう、15年以上になります」
H神父様;「そう、イイですネ――いい友達ですか?」
私;「はいっ! とっても、いい友達です」
H神父様、にこやかに、去って行かれた。
――が、その晩、私の、安眠は奪われた。
翌日やってきた、Yちゃんに、さっそく私は
苦情を言った。
私;「Yちゃん、アンタ、お仏蘭西人の神父様、
私のところに寄越したでしょ!
お蔭で、夕べ、寝られなかったよ!
“H神父様”なんて、日本人にしては
おかしな名前だと思ったんだっ!」
Yちゃん;「日本人だよぅ、今は」
私;「帰化人! やっぱり!」
Yちゃん;「だって、ウチの教会、あの神父様しかいないもん」
私;「きのう、酷い目にあったよぅッ!」
Yちゃん;「なになに?」←うれしそう
いきさつを説明した後。
私;「アレじゃ、私が、あなたのいい友達なのか
あなたが、私のいい友達なのか
さっぱりわかんないじゃないの。
なんだって、お仏蘭西の人って
あんな喋り方するの、いっつも!
後で、人が悩まなくちゃいけないような!」
――Yちゃん、大爆笑……。
――ああ、私には、ついていけない。
あの、ヒネリのきいた、あざやかな
洒落たセンスに満ちた会話。
私は、ニブイんだ。
骨の髄まで、ゲルマンしてる。
田舎者なんだ。
洒落たセンスとか、
エスプリとか、無縁なんだ。
ドイツは、タダの一度も私を裏切らなかった。
あたたかく、土のように受け止め
希望も与えてくれた。
……思えば。
小さい頃から、フランスは憧れの国だった。
あまりに憧れが強すぎて。
夢破れてナントヤラ。
これから先も、あの「性悪女」に
(なぜか、性悪女だと思う)
翻弄され続けるのだろう。
焦がれて、焦がれて。
ドイツ語の「憧れ」という語句。
Sehnsucht の語源は
「見えども決して届かぬもの」だと
教えられた――
――でも!
今回は、学校じゃない!
「義務」じゃ、ありません。
あくまでも、楽しみで、習うのです。
少しくらいは、モノに、できるかな?
「江戸の仇は、長崎で」
――うてるのでしょうか?























