MBAも今日のEconomicsの試験で終了。
明日から年明けまでクリスマス休暇に入るので、この休みを利用して日本へ一時帰国することにしました。現在、東京行きの飛行機の中でたっぷりある時間を利用して久々のブログ更新中。
午前中授業、午後は次の日の復習や、グループワークに追われほんとに忙しい毎日を過ごしてきたところ、プログラムが始まって既に3ヶ月が過ぎました。
ここいらでこれまでの3ヶ月を振り返ってみて、休暇明けからのMBA生活の目標と課題を明確にしておくことにしよう。
クラスメートについて
プログラムが開始したときにブログでも述べたが、クラス構成は全部で47人、在籍する生徒の国籍数は全部で23カ国、年齢は26歳~48、生徒のキャリアバックグラウンドは事業を立ち上げている人、既に会社の経営側の立場としての経験のある人、ビジネスコンサルタント、エンジニアなど実に様々。
こんなにも多様性に溢れた環境であるために、みんなの視点もそれと比例して様々。非常に恵まれた環境であると思う。
この3ヶ月で、かなりクラスメートと仲良くなれたし、お互いにもちつもたれつという関係ができていて授業からだけでなく、クラスメートからも学ぶことは多いのは間違いない環境であると思う。
今後は、この恵まれた環境を生かしてもっと、もちつもたれずの関係をクラスメートと築き上げて生きたいと思う。MBAの一番のいい所ってやっぱり国籍、年齢、分野の違う意識の高い人たちが集まってるってとこなんだよな。この環境をもっと最大限に活用できるように残りのMBA生活を送りたい。
授業について
授業の進むスピードったらハンパない。Managerial Decision Making, Human Resource Management, Organizational Behaviorなどのマネジメントリータダーとしてのソフトスキルを勉強する分野は自分の考えに裁量権みたいなものがあるので、これでなくてないけないという答えがないので、授業についていく、遅れるなどの概念自体ないので問題はないが、Management Accounting,やEconomicsなどのハードスキルを磨く授業は、回答がありそれを理解するのにとても苦労している。
日によってはその日の授業が何について話していたのかほとんど理解できないまま終了する場合もある。授業に取り組む姿勢を変えないといけないのんではないかと最近じわじわと気付いてきた。リーディングアサインメントは、実際に起きた事例がベースなのであるが、自信のない分野においてはそれを読んでも理解が乏しいことに気付く。
いろんなビジネスケースを知る機会をリーディングアサインメントを通して与えられるというのはとてもありがたいことなのかも知れないが、やはりそのケースを理解するだけの基礎知識がない。
なので、アサインメントを読み終えてもどう考察すべきなのか分からず、結果、費やした時間に対して(一つの記事を読むのに3時間くらいかかる。)効果が薄い。MBAで勉強するソフトスキルに関する分野以外は今後はもっと、テキストブック中心の予習にすることにしよう。それで理解力が高まって時間が許す場合は、ケースも読んでみる。
会計や経済などのビジネスのハードスキルに関する授業は自分はほとんど知識がないため、まず基礎をつけることに重きを置くほうがより効率的だ。
早速1月からはFinancial Accountingの授業が始まるので、テキストブック中心の予習復習をしっかり行っていくことにしよう。
論理的思考の重要性について
これだけインターナショナルな環境にいると、日本で育った自分がいかに人に察してもらうのを無意識に期待しているのかということに気付く。
日本には「察する」事がコミュニケーションの基礎となっていて、それを読み取って余り口数を増やさずに伝えることが当たり前である。察してもらうことが前提となっているので、論理的な思考を形作ってそれを理路整然と説明することが日本人は他の国の人たちと比べて基本的に苦手。
これは自分が苦手なのを日本人として一くくりにして言って、自分の短所を認めないというようなものではない。日本人のコミュニケーションのあり方を考えるとそれは成るべくして成っているという納得の下、自分も含めて日本人は苦手といっているのである。
日本ではこのコミュニケーションのとり方は問題ないが、このようなインターナショナルな場ではタダ単に自分の意見のない人と位置づけられてしまう。前職の経験からも言えるが、西洋人はもちろん、アフリカや、アジアの人たちも日本以外(韓国は日本人に近いが)は自分の主張を周りが察してくれるからあまり言わないでおこうというコミュニケーションのとり方をする人はいないと感じる。
なので、クラスで手を上げて自分の疑問点を論理的に説明する人たちが多いのにいつも感銘させられる論理的思考を頭の中で作り出すスピードがなんといっても早い。
この辺は、人から盗めるところは大いに盗んで、もっと自分の考えを述べる能力を高めるていこう。
MBAが始まって、あっという間の3ヶ月。年明けからは、授業と平行してそれを実践するプログラムが多く含まれている。より忙しくなるだろうけど、その分学ぶことを多いはずだ。とても楽しみである。
それでは、久々の日本。一週間の短い期間だけど東京、福岡をできるだけ満喫したいと思います:)。
いろいろ忙しくて映画館では見れないと思ってたが、試験が一区切りして幸いまだやってたので友達に勧められてた「ノルウェイの森」をやっと見ることができた。
英語タイトルは「Norwegian Wood」。村上春樹の小説はデンマーク語でも発行されてて、同タイトルはとても有名なので、上映開始からかなり日数が経っているにもかかわらず、結構観客がいて、改めて人気のすごさを実感した。
なかなかヘビーな内容なので見る人にもよると思うが、自分としては大きな力をもらえた作品だった。
日本では、近々DVD化されるみたいで。
まだ見てない人で映画をふか~く(少しどんよりした気持ちで)見たい人には是非お勧めの映画です。
http://www.norway-mori.com/index.html
英語タイトルは「Norwegian Wood」。村上春樹の小説はデンマーク語でも発行されてて、同タイトルはとても有名なので、上映開始からかなり日数が経っているにもかかわらず、結構観客がいて、改めて人気のすごさを実感した。
なかなかヘビーな内容なので見る人にもよると思うが、自分としては大きな力をもらえた作品だった。
日本では、近々DVD化されるみたいで。
まだ見てない人で映画をふか~く(少しどんよりした気持ちで)見たい人には是非お勧めの映画です。
http://www.norway-mori.com/index.html
1st termの講義の一つ。
日本語で簡単に訳すると、経営(管理)者的な判断の仕方。
経営者が組織の中でどのような判断をすべきかということを、ケーススタディーをベースに自分なりの見解を用いてクラスで議論するというスタイル。
ケーススタディのテーマは、製造現場の安全性向上のための社員の意識向上計画、Nasaのシャトル打ち上げの承認判断。アフリカでとあるビジネスを成功させるために慣行となっている汚職についてなど、各場面で経営者、あるいは管理者の判断を問われる場面がピックアップされ、それらに対し、自分はどのような判断をするかをクラスで議論しあうスタイルで講義は進んでいった。
実際に起こった事例をテーマとしてあるため、そのときの経営者、管理者の判断と結果を議論の後に同時に知ることができるので、それが成功談であっても、失敗談であってもすべてが事実であるので、印象に残る。
中でも,1986年に起こったNasaのスペースシャトル打ち上げ失敗のケーススタディはとても印象に残っている。
Nasaのスペースシャトル製造元のMorton Thiokolのとあるエンジニアが、シャトル打ち上げ日の2日前に、技術的な不具合を発見。最悪の場合、打ち上げ後にシャトル爆発の可能性があるということをMorton本部に主張した。そのエンジニアの主張は直感によるものが大きく、それを証明するデータはない。だが、彼の仮説には理論性を備えている。
Morton本部はエンジニアの主張をNasaへ報告し、シャトル打ち上げの前日にMorton幹部+エンジニア、そしてNasa主要関係者と共に会議を行う。
打ち上げの中止はすでに以前に数回発生しており、国民の「今度ばかりは」という期待は大きい。Nasaもあらゆるステークホルダーのことを考慮し、打ち上げ中止は是非とも避けたい。
しかし、Mortonとしてはデータがないために主張にインパクトがない。もし中止をして最終的に問題がないことが証明されれば、今後Nasaより受注がなくなるばかりか、損害賠償が発生する可能性も否めない。
そのような状況の中、一途に不具合と疑われる箇所の危険性の検証を徹底的に行ってから、安全性が証明されるまで、打ち上げを中止すべきだと主張するエンジニア。
そんなことを言っていては、キリがないと憤りをあらわにするNasa。
会議は緊迫した状態が続いたが、政治的な圧力と、不具合に対する決定的なデータがないことでエンジニアのシャトル打ち上げ危険論を強くサポートできないMorton幹部は、結局のところNasaへ打ち上げ決行をしても問題ないという見解を告げる。
結果は知っている人も多いと思うが、エンジニアの主張のとおり、シャトルは空中で爆発し、乗組員全員が死亡した。
Anyは、この事故が起こった当時5歳。小さかったが、Newsでみた映像は今でも記憶に残っていた。
当時は、ウルトラマンや、ガンダムの影響で宇宙に憧れの気持ちを抱いていたが、この映像を見てとても怖くなったのを覚えている。
(映像、参考まで。)
この悲劇が起こる前日の、NasaおよびMortonのシャトル打ち上げ決行の判断は正しかったのか?ということをクラスで議論した。
・人命にかかることなので、不具合が疑われる場合は、エンジニアの主張のとおり中止すべきだった。
・データがないことから、中止することは難しかった。打ち上げ決行したのは当然だ。
・今後のNasaのMortonに対する信用問題、損害賠償問題を考慮すると決行に同意したMorton幹部の気持ちは分かる。
・運がわるかった。
などなど、様々な意見が飛び交う。
打ち上げ決行の判断に賛成派、反対派が分かれるが意見がまとまることはない。
講師も、「こうあるべきであった」というような回答はくれない。
そもそのこの授業の趣旨は、回答を導くものではなく、自分が事例の立場に置かれたらどのような判断を下すか?ということをリアルに想像し、考えを作り出すことである。説得力のある回答を生み出すには、社会的責任、プライド、リスク、会社の立場、自分の立場などをあらゆるステークホルダーとの今後の関係を照らし合わせて考える必要がある。
自分がシャトル決行を判断する立場の者(この場合、Mortonの幹部)であると想定すると、結局のところ自分の回答は、「Morton幹部と同じような判断を下す。」であった。
この判断の裏づけは「状況から把握して爆破の可能性を懸念するのは現実的でない。」ということが大前提としてあるからである。少なくとも、自分はそう状況把握した。
エンジニアの不具合の可能性の主張は余りにも唐突で、データもなく中止の判断をするにしては、説得力に欠けている。エンジニアの主張するレベルまでセーフティレベルを引き上げると、他に危険性があるとされる箇所が無数に出てくる。よって、彼の仮説は現実的ではなく心配しすぎであるという印象をその場にいたら感じてしまうだろう。例えば、預言者が「明日世界は確実に滅亡する。」と予言しても、一瞬はなぜそのようなことが起きるのかと理由を必死で聞くが、科学的根拠も、この預言者の過去の予言の的中率も知ることができず、「このタロットがそう言っている」的な答えであれば、結局のところ、このことは忘れるように努めようとする。今回の状況はそれに類似していて、たとえ人命のかかった問題であっても、主張の有効性が限りなくないに等しいので自分も「このエンジニアの言うことは忘れるように努めよう」と思うはずである。
打ち上げ中止し何も起こらなかったときの、損害賠償、会社の信用、自分の立場などを視野に入れて総合的に判断すると、やはり自分がMorton幹部の立場であれば、この場合同じ判断を下していただろう。
だが、何人もの命が失われたという結果を知っているだけに、この結論に至ったのには多少憤りを感じる。将来、自分が似たような立場に手食わしたとき、すべてのステークホルダーを得させる形でNoの判断を下すことができるだろうか?いや、難しいに違いない。
いや、待てよ。一つだけある。
「1986年にNasaで起きた、シャトル爆発事件のことを知っていますか?そして、その背景、判断の過程はどのようなものだったかを知っていますか?」
過去のケースを知っていると、「過去でこのような状況でも、このような結果が生まれたことがあるんですよ。」という説得力をもった論法を唱えることができるようになる。
MDMケーススタディー。
今後の、自分の糧となったと感じる。
日本語で簡単に訳すると、経営(管理)者的な判断の仕方。
経営者が組織の中でどのような判断をすべきかということを、ケーススタディーをベースに自分なりの見解を用いてクラスで議論するというスタイル。
ケーススタディのテーマは、製造現場の安全性向上のための社員の意識向上計画、Nasaのシャトル打ち上げの承認判断。アフリカでとあるビジネスを成功させるために慣行となっている汚職についてなど、各場面で経営者、あるいは管理者の判断を問われる場面がピックアップされ、それらに対し、自分はどのような判断をするかをクラスで議論しあうスタイルで講義は進んでいった。
実際に起こった事例をテーマとしてあるため、そのときの経営者、管理者の判断と結果を議論の後に同時に知ることができるので、それが成功談であっても、失敗談であってもすべてが事実であるので、印象に残る。
中でも,1986年に起こったNasaのスペースシャトル打ち上げ失敗のケーススタディはとても印象に残っている。
Nasaのスペースシャトル製造元のMorton Thiokolのとあるエンジニアが、シャトル打ち上げ日の2日前に、技術的な不具合を発見。最悪の場合、打ち上げ後にシャトル爆発の可能性があるということをMorton本部に主張した。そのエンジニアの主張は直感によるものが大きく、それを証明するデータはない。だが、彼の仮説には理論性を備えている。
Morton本部はエンジニアの主張をNasaへ報告し、シャトル打ち上げの前日にMorton幹部+エンジニア、そしてNasa主要関係者と共に会議を行う。
打ち上げの中止はすでに以前に数回発生しており、国民の「今度ばかりは」という期待は大きい。Nasaもあらゆるステークホルダーのことを考慮し、打ち上げ中止は是非とも避けたい。
しかし、Mortonとしてはデータがないために主張にインパクトがない。もし中止をして最終的に問題がないことが証明されれば、今後Nasaより受注がなくなるばかりか、損害賠償が発生する可能性も否めない。
そのような状況の中、一途に不具合と疑われる箇所の危険性の検証を徹底的に行ってから、安全性が証明されるまで、打ち上げを中止すべきだと主張するエンジニア。
そんなことを言っていては、キリがないと憤りをあらわにするNasa。
会議は緊迫した状態が続いたが、政治的な圧力と、不具合に対する決定的なデータがないことでエンジニアのシャトル打ち上げ危険論を強くサポートできないMorton幹部は、結局のところNasaへ打ち上げ決行をしても問題ないという見解を告げる。
結果は知っている人も多いと思うが、エンジニアの主張のとおり、シャトルは空中で爆発し、乗組員全員が死亡した。
Anyは、この事故が起こった当時5歳。小さかったが、Newsでみた映像は今でも記憶に残っていた。
当時は、ウルトラマンや、ガンダムの影響で宇宙に憧れの気持ちを抱いていたが、この映像を見てとても怖くなったのを覚えている。
(映像、参考まで。)
この悲劇が起こる前日の、NasaおよびMortonのシャトル打ち上げ決行の判断は正しかったのか?ということをクラスで議論した。
・人命にかかることなので、不具合が疑われる場合は、エンジニアの主張のとおり中止すべきだった。
・データがないことから、中止することは難しかった。打ち上げ決行したのは当然だ。
・今後のNasaのMortonに対する信用問題、損害賠償問題を考慮すると決行に同意したMorton幹部の気持ちは分かる。
・運がわるかった。
などなど、様々な意見が飛び交う。
打ち上げ決行の判断に賛成派、反対派が分かれるが意見がまとまることはない。
講師も、「こうあるべきであった」というような回答はくれない。
そもそのこの授業の趣旨は、回答を導くものではなく、自分が事例の立場に置かれたらどのような判断を下すか?ということをリアルに想像し、考えを作り出すことである。説得力のある回答を生み出すには、社会的責任、プライド、リスク、会社の立場、自分の立場などをあらゆるステークホルダーとの今後の関係を照らし合わせて考える必要がある。
自分がシャトル決行を判断する立場の者(この場合、Mortonの幹部)であると想定すると、結局のところ自分の回答は、「Morton幹部と同じような判断を下す。」であった。
この判断の裏づけは「状況から把握して爆破の可能性を懸念するのは現実的でない。」ということが大前提としてあるからである。少なくとも、自分はそう状況把握した。
エンジニアの不具合の可能性の主張は余りにも唐突で、データもなく中止の判断をするにしては、説得力に欠けている。エンジニアの主張するレベルまでセーフティレベルを引き上げると、他に危険性があるとされる箇所が無数に出てくる。よって、彼の仮説は現実的ではなく心配しすぎであるという印象をその場にいたら感じてしまうだろう。例えば、預言者が「明日世界は確実に滅亡する。」と予言しても、一瞬はなぜそのようなことが起きるのかと理由を必死で聞くが、科学的根拠も、この預言者の過去の予言の的中率も知ることができず、「このタロットがそう言っている」的な答えであれば、結局のところ、このことは忘れるように努めようとする。今回の状況はそれに類似していて、たとえ人命のかかった問題であっても、主張の有効性が限りなくないに等しいので自分も「このエンジニアの言うことは忘れるように努めよう」と思うはずである。
打ち上げ中止し何も起こらなかったときの、損害賠償、会社の信用、自分の立場などを視野に入れて総合的に判断すると、やはり自分がMorton幹部の立場であれば、この場合同じ判断を下していただろう。
だが、何人もの命が失われたという結果を知っているだけに、この結論に至ったのには多少憤りを感じる。将来、自分が似たような立場に手食わしたとき、すべてのステークホルダーを得させる形でNoの判断を下すことができるだろうか?いや、難しいに違いない。
いや、待てよ。一つだけある。
「1986年にNasaで起きた、シャトル爆発事件のことを知っていますか?そして、その背景、判断の過程はどのようなものだったかを知っていますか?」
過去のケースを知っていると、「過去でこのような状況でも、このような結果が生まれたことがあるんですよ。」という説得力をもった論法を唱えることができるようになる。
MDMケーススタディー。
今後の、自分の糧となったと感じる。
