5月の上旬に
戦友が虹の橋🌈を
渡りました。
とても悲しいお話。
でも彼女の生き様を伝えたい。
って思ったのでblogに書かせて
頂きます。
彼女は
子宮頸がん
でした。
手術▶抗がん剤治療▶放射線治療
一度は画像上は消失。
半年もせず
肺に転移が見つかり
【自覚症状はなし】
再び抗がん剤治療をする事に💉
1つ目の抗がん剤治療をするも
癌が小さくならない▶
別の抗がん剤▶
彼女は言ってました。
抗がん剤を変える=1つ1つ
治療の選択肢が減ってく。
できる治療は何でもしたい。
でもお金もいつまで続くか
分からない。
何個か抗がん剤をしたけど
バッチリ効果を発揮する物が無くて…
再び放射線治療
それでも癌の勢いは止まらない。
もう治療がない
って言われた。
つまり痛みを取り除く
緩和治療へ。
子供とも居たい。
病院に居るのは嫌だ。
って事で最後の1ヶ月は
自宅に介護ベッド入れて
訪問看護
にも入って頂いたみたい。
自宅に帰ってすぐ
体調が悪い日が続いたみたいで
およそ1ヶ月
LINEの既読はつかない。
電話しても出ない。
彼女に繋がる誰の連絡先も
知らなくて絶望に暮れてたら
ごめん。体調崩してた。
SAKURAちゃんは
体調どう??
いつも
祈ってるからね。
この連絡を最後に
2日後に息子さんから
LINEで
先程母が亡くなりました
って連絡きて。
次の日の告別式には間に合わないから
お花を手配して
その次の日の葬儀に参列。
友達は41歳
息子さんは21歳
旦那さんもまだ40代…
お母さんも60代…
兄弟もまだ若い…
癌になって出会った友達だから
痩せた彼女しか私は知らない。
元気に働いてた頃も知らない。
地毛の彼女も知らない。
遺影はふっくらした私の知らない
彼女の写真。
何だか込み上げるものが
色々ありすぎて
涙が止まらなかった。
できる治療があるって
有難い。
命があるって
有難い。
お疲れ様
以外の言葉が見つからなかった。
できる治療があるならいいじゃん。
何でも頑張るんだよ。
私も諦めないよ!
絶対に旅行行こうね
楽しい事沢山しようね
って話してたのに…
いつも
治療費の心配してて
自分の治療費
申し訳ないから
早く働きたい。
って言ってた彼女。
人間って無い物ねだり。
って本当に思う。
表面上しか見えないから
いいな。って思う事も
沢山ある。
私は彼女に対して
働いて稼いできてくれる
旦那さんが居ていいな。
一軒家羨ましいな。
治療についてきてくれる
仲良しのお母さんいいな。
とか思ってたりしてた。
逆に彼女は私に羨ましいって
思う事はあったんだろうか??
働けていいなー。
って言ってたけど
私は自分が働かないと
誰も稼いできてくれる訳じゃ
ないから働くしかないんだよ~。
本当はもっとゆっくり休みたいよ~
とか話してた。
みんな自分勝手だよね。
自分が可哀想な
悲劇のヒロインになる。
私も
働けて感謝。
治療ができて感謝。
命がある事に感謝。
改めて彼女に気づかせてもらった。
当たり前ってない。
選択肢の日々。
自分の人生は自分のもの。
誰にも決めれない。
治療を続ける。
治療をしない。
それも自分次第。
とにかく後悔なく
納得いく日々を送る。
お空から見守っててね