こんな母親でごめんなさい。

あなた達にはしなくてもいい苦労をいっぱいさせてきました。

あなた達がついてきてくれる頃は本当にいっぱいお出かけしましたね。

あなた達を生んだ時は埼玉で、母は田舎の暮らしにどうしても馴染めなくて本当に苦労しました。

それでも雨や風邪の日以外は毎日毎日公園へ行って、時にはお弁当を作ってバスに乗って動物園へもよく行きました。

周りの人がどう思うかなんて関係ない。

母はあなた達との時間を本当に大切にしてきました。

車の来ない団地の公園で日が暮れるまでいっぱい遊んだね。

公園のお砂場、裏山、幼稚園の園庭、夏はちびっ子専用プール、落ち葉踏み、どんぐり拾い、泥遊び。そういや住んでいるアパートが畑に囲まれていたから泥だらけになっていっぱい遊んだね。

ご近所の方にも優しくしていただきました。

あなた達はまだ小さかったから、その時のことはまるで覚えていないよね。

車が無いと生活していくのにとっても不便な場所で、でも車があったら歩かなくなってしまうと思ったからどんなに大変でもバスや自転車で移動していたね。

それでも母は毎日毎日、あなた達に向かって怒鳴っていたような。あはは。

幼稚園を卒園すると東京に戻ってくることになりました。

いざ戻ってきても路頭に迷うばかりで母は自信ありませんでした。

引越しして後片付けを終えるまでの1ヶ月は車が危ないので1ヶ月は家に閉じ込めてしまったよね。目つきが変わるあなた達を見てこれはまずいとまた公園通いの日々が始まりました。

その年の4月にはお姉ちゃんは小学校、弟くんは保育園に通うことになりました。

これから先どうやってあなた達を育てていこうか迷っていた時、出逢ったのが「ワカバ」というアーティストさんでした。ある日、これから原宿で路上ライブをするというので一緒に行きました。

それからの日々のほとんどは許す限り、ワカバ三昧。あなた達もワカバの音楽が、ワカバお兄さんが本当に大好きでした。

母はちょっくら具合が悪くて寝込むことが多くなりました。

ご飯も作れない日々が続き、これは医師も入院が必要だと。ずっと子供が小さいから入院はできない!と言い張っていたのですが、よくよくダメになり、入院しました。紹介されたのが精神科でした。

その間は児童相談所に預かってもらうことになりました。小学校も保育園も少しお休みすることになりました。

おそらく3ヶ月くらい経ってからだと思いますが、あなた達から笑顔と言葉が消えたからすぐにでも迎えに来て欲しいと児相から連絡がありました。

主治医の先生に相談したところ、まだ退院はできないと言われました。
少しの押し問答の末、無理矢理退院してお迎えに行きましたが、その時に出た言葉が「なんでもいいから手作りのものが食べたい」と。

おばあちゃんも足を骨折していて入院中だったからなかなかお迎えに行けませんでした。

口を揃えて「もう二度と施設には行きたくない」と言うので、泣く泣くおばあちゃんにも面倒を見てもらうようになりましたね。

母はおばあちゃんにだけはあなた達を預けたくありませんでした。

児相よりもっと預けたくありませんでした。

案の定、私が実家に行くと「具合がそんなに悪いなら帰れ!」とほとんど門前払い。

夜も一緒に眠らせてはもらえませんでした。

あの時は寂しかったよね。というと娘は今でも涙を流します。

それでも三人でいっぱいお出かけもしましたね。そのほとんどが路上ライブやライブハウスだった気もしますが、動物園や水族館、プール、映画、色んなイベント、お祭りetc.....

お友達ともよく遊んでいましたが、土日のどちらかは時にはお弁当を作ってよく出かけましたね。

おじいちゃん?、おばあちゃんもよくあなた達のことは面倒を見てはくれましたが、何せあなた達に会いに行っても、ばあちゃんが「帰れ!」の一点張りでなかなか大変でした。

そのせいか、あなた達が小学生の時は入退院を何度も繰り返してもいました。

病院では「少しご実家で休んでみたらどうですか」と言われてはいたのですが、そんなに甘くはありませんでした。

ばあちゃんの家から自宅が近かったからまだ良かったよね。

あちこち連れ歩くのを見て「母親の趣味に付き合わせてどうすんの?」ってよくお叱りを受けました。

しかし、母はワカバというアーティストと音楽の持つ力を信じていたしあなた達もワカバが大好きだったからね。

今でもそれは絶対に間違ってはいなかったと核心しています。

あの時にいつもどこでも温かく優しく包み込んでくれたワカバというアーティスト、そして何よりも生まれてきてくれたあなた達に心から感謝しています。

お姉ちゃんは23歳、そして弟くんは今月18日で22歳になります。

ワカバに出逢ってもう17年です。

娘は立派な社会人。息子は大学3年生になりました。

そして、同時期に出逢ったのがMINX ZONEさん。

もうすぐ結成20周年。

そのうちの17年近くは知っているということですね。

息子くんが中2でギターを始める時に、MINXのわいおくんに色々教えていただき、今では軽音サークルに入ってギター頑張っています。

紆余曲折ありましたが、素直ないい子にお陰様で育ってくれました。

母である私ではなく、音楽の力で育ったようなものです。

そして、愛あるワカバ、MINX ZONEの皆様のおかげでもあります。

暗い入りからだったけど、伝えたいのはそこw

息子よ。冬から就活だ!!
母は美味しいご飯とあなたの身の回りのお世話頑張るから(笑)

そして娘ちゃん。発達障害があるからなんといってもお母さんが一番の存在。

母も頑張るけど、たまにはお休み欲しいからこれからもライブには行かさせていただくよ(笑)

かなり体調もあの時から比べると、てかほとんど治ったみたいな感じだから、これからは母親業以外のところでも頑張ろうかと思う。

そうそう、兼ねてからやりたかったボランティアをね。

本格的に働けたら最高だけど、年齢的にね(笑)

本格的に働くなら一番苦手な駅か駅ビルの公衆トイレのお掃除しようかな。とか。

公衆トイレが苦手な母は、その一番苦手な場所で働くつもりだよ(笑)

今は良くなりかけだから、もう少し様子見てからね。

何はともあれ、あなた達が幸せになってくれることが一番だからね。

女一人ではなかなか育てられなかったと思うけど皆様のあったかハートに包まれてすっかり大きくなりました。

今までこのような母子三人に関わってくださった皆様に心から感謝申し上げます。

そしてこれからも私達三人をよろしくお願い致します✨☘️✨