だったみたいね。
私には2人の息子がいる。
カーネーションをもらったわけでもない。
母の日、いつもありがとうなんて言ってもらってもいない。
でもしあわせだった。
それは
私の2人の息子。
長男は結婚して家を出ている。
次男は大学生。一緒に暮らしいる。
次男は長男と五つ離れて生まれた。
かわいくて仕方なくて、かわいいかわいいと言って育ててきた。
高校受験で第一志望に落ちた息子は私に怒りの言葉をぶつけてきた。
自分の苦しさや悲しみを母親にあたることでなんとか自分を保っていたのかもしれない。
私はPTA会長などをしていた。そこことで彼にとって嫌なこともあったのだろう。
さまざな投付けてきた言葉の中にそれも含まれていた。
進んだ高校も彼にとってはしんどいものだった。途中で辞めて、通信制高校に転校した。そこでも彼のいくつかの期待は叶わなかったようだった。
色々な方とすばらしいご縁やサポートで彼は大学へ進んだ。
すてきなサポートがある大学で色んな期待が膨らんだが、コロナでそれも叶わなかった。
母親に対する態度も変わらず。
その間、母親の私はどうしていたか。
最初こそ、戸惑い嘆き、悲しみ。
私の気持ちを聞いて励ましてくれる方に慰められた。
そして自分自身を楽しんで生きようと思った。
いつか笑って彼と話せる日がきっとくる。
きっと大丈夫。
子育て真っ最中の中、夏休みにママと子どもでお泊まりするイベントをしているチームがあった。4人のママたちと7人の子どもたち。
その中の子が結婚することになり、お泊りしていたみんなが結婚式に招待された。
子どもたちの中で下から2番目の彼は、愛されていたあの時間の自分を取り戻していた。笑顔いっぱいでその場にいた。ロン毛で髭をはやしていたけど。笑
それをきっかけに、母親の私とも話をするようになった。
あの態度を緩和するきっかけが何か必要だったのかもしれない。
3月に愛犬が亡くなったとき、彼とたくさん話をした。彼が小さな時の話。彼からたくさん覚えている話しをしてきた。
愛犬がくれたやさしい時間だった。
ゴールデンウィークの最後の日、夫が家族でいつもいく焼肉屋に行こうと3人ででかけた。
彼の子どもの頃から通ってる焼肉屋さん。
小学生の頃はアイスクリームをもらえるカードがあった。
その日は3人で生ビールで乾杯した。
バンドをしている彼は、驚くほど親世代の曲やミュージシャンを知っていた。
話が盛り上がり、カラオケへ行こうと私が提案して行くことになった。
彼が初めて行ったLIVEは中学生の時。私の妹が彼にプレゼントしたかりゆし58のLIVEだった。私も一緒にいった。
「かりゆし歌って」の私のリクエストに彼が選んだ曲は「アンマー」だった。
この歌詞ほどのやんちゃや親の苦労なんてのははなかった。
ただの歌詞。彼の思いがあったかなかったかはわからない。
「あなたのもとに生まれ落ちたことがこんなにもしあわせだった」
たまたま選んだ曲、たまたま歌った歌詞、だったのかもしれない。
それでも私の心はいっぱいになった。
涙がでできた。
それは恥ずかしくてごまかしていたけど。笑
反抗期
というものだったんだろうか。
私の育て方だったんだろうか。
成長過程で、思春期の中で、色んなきっかけで、親に対して何かしらイライラとしたものが生まれてくることがある。
我が子が今までと違う態度をとって、親が悲しいと思う時、きっとその子も苦しんでいるのだろう。
その痛みをすぐにとってあげたくなる。
でもそれは「すぐ」には無理で「とってあげる」こともできない。
必要なことはそれぞれ違うかもしれないけれど、私と次男とって必要だったことはは、「今までと違う距離感」と「時間」だった。
こうでなければならない枠を外すこと。
子どものしあわせは、必ずしも親の願う形ではないこと。
色んなことを学ばせてくれた期間だった。
これからもたくさんのことを色んな方から色んな経験から教えてもらうんだろうなぁと思う。
私はついていた。
まわりにすてきな人がいて、色んな気づきをもらって、支えてもらっていた。
もし今、子どもとの関係で悩んでいる人がいるとしたら、まず親としての自分じゃなくて、あなた自身が喜ぶことをまずしてあげてねと言いたい。
子どものための時間は少し置いて。
あなた自身を大切にする時間。
ちゃんとしようなんて思わなくていい。
nobody's perfect
だからどんな人もかわいくて尊いのだと思う。
大人も子どもも。
あなたもわたしも。
読んでくれてありがとうね。

