足るを知る
「知足」孔子のお言葉。そしてブログのテーマだ。「身分相応に満足できる人」「既に満足できる人」歳を重ねるごとに、その言葉の意味というか受け取り方が変化してくるから不思議だ。今が一番いい。と思える生き方にたどり着く方が幸せだし、何よりも今の私自身に満足することこそが、「足るを知る」なのかなと思える。さて、この言葉を知ったのが、20代の半ば頃だった。言葉にも衝撃的な出会いというものがあるのだろうかと思うほど、それはそれは胸にスッと落ちた。その頃の私は物欲はもちろん色んな種類の「欲」があり、恥ずかしくなるほど尖がっていた。若さってすごいのね。社会人になっていたので、長期で休むことが叶わない状況で凝縮された短期のフィニッシングスクールを受講した。大人の女性のためのマナースクール。教養と品格、エレガンスを磨くカリキュラム。20代は私ひとり。40代から80代の大人の女性達ばかりでその空間に居るだけで背筋がピシッと伸びた。 そのスクールの校長先生から発せられたお言葉だった。同性の私からみても外見も知性も備えたパーフェクトウーマン。そんな女性になりたい!と一目惚れしたとても素敵な女性視力がだんだんと落ちていき、いずれは失明も覚悟しているというのだ。人は見かけだけではその方しか知らない苦しみや葛藤がある。足るを知る。とても深くて重い。今でも傲慢になりそうな時、ふと自分に投げかける言葉。人間は現状に満足せず欲が出るから不思議だ。時には自分の内側に目を向けて、自分は手に入れたいと願ったものはほぼほぼ手に入れてきたことも認めようそして、歳を重ねても新しいことを学ぶのは心が躍りますね。そういえば最近はこの感覚、置いてきぼりだった。