10代半ば、アルバイトが出来る歳になって、私は5月頭生まれなので、高校へ入学して16歳になってすぐにバイトを始めた。
小さな頃から、何故か早く働きたかったので、高校3年間、学校、部活(ゆるゆるテニス部)バイトをみっちり入れていた。
時はバンドブーム。スーパーモデルやカリスマ美容師が流行った時代でもある。
ミスチルやB'z、ドリカムにジュディマリ。
ファッションと音楽は、いつだってセットだ。
私も度ハマりして、アルバイトをしたお金で、原宿や渋谷、下北沢の古着屋やタワレコに通う週末だった。
街には常に安室ちゃんを真似る若い女の子が歩いてる。
ゆるゆる過ぎるテニス部の、試合などに参加した事は無い。
試合に出るほど部員が居なかったからだ。
バイトに明け暮れ、お金を貯めては好きなバンドのライブへ通った。
私の青春は、下北沢シェルターと、新宿の日清パワーステーション。
我が家はお小遣い制じゃなかったので、バイトのお給料の限られたお金でオシャレをする為に、古着を駆使して自己表現したり、原宿のカリスマ美容師にツイストパーマをかけてもらい、ヤキソバの様な頭になった事もある。
とにかく私は、人生の中で、純粋に自分の為に自分の好きな事を楽しんだ事が、高校3年間と就職して2〜3年の間だけだった事に、最近気付いた。
あとの人生は、親の顔色を伺って親の為に時間や心を費やした記憶しか無い。
と言っている間に23で病気になった。
癌だ。
入院している間、時間しか無い私は、楽しみがあった。
ファッション雑誌が小学生の頃から大好きで、たくさん持っていた私は、好きなモデルや洋服やカワイイ1ページを切り取り、スケッチブックに自分の好きな様に切って貼って、自分の1冊を作るのが趣味だった。
家に居ると、常にイライラした母の顔色を伺がわなくてはならなかったし、暴言を吐かれるので、退院が決まると、泣きながら、家に帰ると心が休まらないので少しだけ入院を伸ばして欲しいと訴えた事もある。
私の母には、私の奇抜なファッションに、常にダメ出しをしていた。
アンタには似合わない!変な格好!お金を無駄に使っている!
とにかく私のする事を、否定され続けた記憶しかない。
「アンタにそんな事、出来る訳ないでしょう。アンタはブサイクなんだから、少しは愛想良くしないと、ブスがよけいブスになるよ!」
私は、母からこの言葉を言われて育った。
もはや刷り込まれたと言っても過言では無い。
この呪いの言葉は、30代半ばまで私を苦しめる事になる。
何をするにも、全く自分を認める事が出来なくなって大人になった私は、自分を楽しむ事をすっかり出来なくなっていた。
が、長い年月をかけて、主人と暮らす中で、同じ様なトラウマを抱えた主人の温かい言葉と生活の中で、心が少しずつ自分を取り戻していった。
ネイルや古着でオシャレをしたり、音楽を聞いて踊れる様になった。
30歳位まで、ライブが大好きで行っていたのに、楽しくて楽しくて仕方が無いのに、どう表現したら良いのかが、全く分からなかった。
少し体を揺らすくらいで。
楽しいを表現した事が無かったから。
しかし2020年、コロナパニックでの、この自粛期間が、私の転機で、好きな事を家で存分にたのしんで、在宅ワークの主人と、毎日笑いながら話をする事が出来て、だんだんと自分の楽しいを、表現する事が出来る様になった。
インスタで見つけた素敵なサロンで、カットモデルを募集していたので、思い切って原宿まで行く事にした。
もちろん移動はクルマ。感染症対策をしっかりして、行ってきた。
オシャレなアシスタントさんに髪を染めてもらい、カットの練習台になったのだが、さすがは原宿。
クオリティが高過ぎる仕上がり。
かつてのカリスマ美容師さんが、数年前に独立して開いたヘアサロンで、技術レベルが高いスタッフさんに切って手掛けて頂いた髪型がコレ。
大大大大満足で、好きな事を楽しめる今ワタシは40歳だけど、やっと楽しいを表現出来る様になったのだから、うんと楽しもうと思う。
人生何歳からだって、やり直し出来るんだって実感しているワタシです。
人生は希望で満ちている。
自分で見つけようとするかどうかで人生変わってくるような気がしてる。
奥に見えるハデパンツの方がオーナー美容師の素敵美容師さん。
教え方もユーモアがあって、的確なアドバイスに、ただただ感動しました。
JIMMY CHOOの赤い靴が似合ってました。

この梅雨時にいうことを全く聞かない私の癖毛を生かした、カッコよいスタイルに仕上げて貰った!お代は無しです。カットモデルだから。
