ネオンの淡い光が揺れるバーのカウンター。グラスを傾ける音と静かなジャズが流れる中、ひときわ目を引く男がカウンターの隣に座った。

 スラリとした長身、シャープな輪郭、整えられた髪。まるで雑誌から飛び出してきたような彼は、さらりとバーテンダーにウイスキーを注文すると、自然な動作で隣の男に視線を向けた。

「一人?」

 声をかけられたのは、美しい顔立ちのサラリーマンだった。漆黒のスーツに身を包み、細身ながら端正な顔つき。その瞳はどこか遠くを見ているようで、繊細な印象を与えた。

「ああ、仕事帰りで少し飲みたくなって」

 静かに微笑む彼に、モデルの男は興味を引かれた。都会の喧騒の中で、こんなに上品で儚げな雰囲気を持つ男は珍しい。手元のグラスをくるくると回しながら、少し楽しげに口を開く。

「俺も似たようなもんだ。息抜きにはちょうどいい場所だよな」

 二人の会話は、自然に続いた。

 モデルの男は仕事柄、多くの人と会話をする機会があるが、ここまで心地よく話せる相手は珍しいと思った。サラリーマンの男は適度な距離感を保ちながらも、笑みを浮かべるタイミングが絶妙で、その仕草一つひとつが美しく見えた。

 グラスが空になる頃には、互いに名前を名乗り、少しばかりの素性を語り合っていた。

「……君、綺麗だね」

 ふと、モデルの男が呟く。その視線は真剣で、隠そうともしない興味が滲んでいた。

「……よく言われるよ」

 サラリーマンの男は照れ隠しのように微笑みながらも、その瞳がどこか揺れているのを隣の男は見逃さなかった。

「今夜、もう少し付き合わない?」

 その誘いに、一瞬の間。

 しかし、次の瞬間には微かな笑みとともに、サラリーマンの男が頷いていた。

 その夜、二人は体を重ねた。

 まるで夢のような時間の中で、交わされる熱と吐息。

 最初は一度きりの関係のつもりだった。

 ……だが、翌朝になっても相手のことが頭から離れないのは、どちらも同じだった。

 目を覚ました時、隣にはまだモデルの男がいた。

「……おはよう」

 低く甘い声が耳元で囁かれ、サラリーマンの男は無意識に目を細めた。

「……まだいたんだ?」

「君が可愛かったからね。帰る気にならなかった」

 モデルの男は余裕のある笑みを浮かべながら、さらりと髪をかき上げた。その仕草すらも絵になる。

「それとも、迷惑だった?」

「……そんなことないけど」

 サラリーマンの男はふと視線を逸らしながら呟く。昨夜の出来事が鮮明に思い出され、微かに頬が熱を帯びる。

 この関係がどこへ向かうのか、まだわからない。

 けれど、少なくとも今は、互いにもう一度会いたいと思っている。

「じゃあ、また会おうか」

「……そうだね」

 そうして、二人の物語は静かに始まりを迎えた。

 数日後、サラリーマンの男は仕事帰りにスマホの通知を見た。

『今夜、会えないか?』

 送信者はあのモデルの男だった。

 思わず指が震えそうになる。ほんの一夜の関係だったはずなのに、こんなにも簡単にまた会う約束を交わすことになるとは。

 しばらく逡巡した後、『いいよ』と短く返す。

 数時間後、指定されたホテルのバーで、また二人は再会した。

「久しぶり」

「……そんなに久しぶりでもないだろ」

 微笑むモデルの男の手には、いつものウイスキー。

「こうしてまた会うってことは、君も俺のことが気になってたってことかな?」

 冗談めかした口調に、サラリーマンの男は言葉を詰まらせた。

 否定できない。

 そんな自分に驚きながらも、彼は静かにグラスを傾けた。

 

 

第六章 運命の試練
 
戦乱の世は、蒼真と景虎の関係に試練を与え続けた。ある日、敵軍の奇襲により、景虎の命が危機に晒される。蒼真は必死に彼を守ろうとするが、圧倒的な敵の数に追い詰められていく。
 
「景虎さん、逃げてください!」
 
「馬鹿者!お前を置いて逃げられるか!」
 
二人は背中合わせで剣を振るい続けた。しかし、敵の包囲は狭まり、絶体絶命の状況に陥る。
 
その時、蒼真の胸に不思議な感覚が広がった。まるで、時間が止まったかのように周囲の音が消え、視界が白く染まる。
 
「これは……」
 
突然、蒼真の前に一人の老人が現れた。長い髭をたくわえ、穏やかな笑みを浮かべている。
 
「お主、元の世界に戻りたいか?」
 
「え……?」
 
「お主の魂は本来、この時代のものではない。だが、強い絆が新たな運命を紡いでおる。」
 
蒼真は景虎の方を見る。彼は必死に敵と戦いながらも、蒼真を気遣う視線を送っていた。
 
「俺は……景虎さんと一緒にいたい。」
 
老人は深く頷いた。
 
「ならば、その願い、叶えてやろう。」
 
瞬間、眩い光が二人を包み込んだ。
 
第七章 新たな時代へ
 
光が収まると、蒼真と景虎は見知らぬ場所に立っていた。周囲には高層ビルが立ち並び、車が行き交っている。
 
「ここは……どこだ?」
 
景虎は驚きに目を見開く。
 
「ここは……俺の時代、現代だ。」
 
蒼真は微笑みながら答える。
 
「どうやら、二人で新しい時代を生きることになったみたいですね。」
 
景虎は一瞬戸惑ったが、すぐに微笑み返した。
 
「お前となら、どんな時代でも構わぬ。」
 
二人は手を取り合い、新たな人生を歩み始めた。
第五章 戦乱の果てに
 
翌朝、蒼真は目を覚ますと、景虎が隣で静かに寝息を立てていた。戦場では常に気を張っている彼の、無防備な姿。
 
「……綺麗だな」
 
景虎の頬にそっと触れると、その瞼が微かに震え、ゆっくりと黒曜の瞳が開かれた。
 
「……おはよう」
 
蒼真の手を取ると、景虎はその甲に唇を落とした。
 
「お前を手放すつもりはない」
 
「……俺も、景虎さんのそばにいたい」
 
けれど、戦乱の世は二人の思いを簡単に許してはくれない。運命は、容赦なく二人を引き裂こうとしていた——。
 
第四章 焦がれる熱、触れる肌
 
戦が続く中で、蒼真と景虎の距離は確実に縮まっていた。景虎は最初こそ警戒していたが、蒼真の知識や考え方に興味を持ち、いつしか頼るようになっていた。そして蒼真もまた、景虎の誇り高い姿に惹かれずにはいられなかった。
 
そんなある夜。
 
「蒼真、お前……本当に妙な奴だな」
 
景虎は酒をあおりながら、蒼真をじっと見つめていた。二人きりの帳の中。蒼真はその熱を帯びた視線から逃れられずにいた。
 
「俺の何がそんなに妙なんです?」
 
「……こんなに心を許した男は、お前が初めてだ」
 
景虎は低くそう呟くと、蒼真の顎を軽く持ち上げた。
 
「景虎さん……?」
 
次の瞬間、唇が重なった。
 
驚きよりも先に、熱が駆け巡る。景虎の手は蒼真の後頭部を支え、深く舌を絡めてきた。まるで、確かめるように、貪るように。
 
「ん……っ」
 
蒼真の背をなぞる指が、肌を焼くように熱い。鎧を脱ぎ捨てた景虎の体は、戦場で鍛え上げられたしなやかな筋肉に覆われていた。その体が、迷いなく蒼真を押し倒してくる。
 
「……俺は、戦では誰にも負けぬが……」
 
景虎は蒼真の耳元で囁いた。
 
「今だけは、お前に溺れてもいいか?」
 
蒼真の胸が高鳴る。景虎の手が衣をゆっくりと引き剥がし、剥き出しになった肌が夜気にさらされる。その熱を求めるように、景虎の唇が首筋に落とされる。
 
「……いいよ、景虎さん」
 
夜は深く、二人は互いの熱を確かめ合うように溶け合っていった——。
タイトル:「蒼き刻を越えて」
 
第一章 運命の残業
 
高階(たかしな)蒼真(そうま)は、都内の大手企業に勤めるエリートサラリーマンだ。スーツを身にまとい、整った顔立ちに端正な眼差しを宿す。仕事帰りのビル街、ふと夜空を見上げたときだった。
 
「……ん?」
 
目の前に広がるのは、いつもの景色ではなかった。足元に感じるのは固いアスファルトではなく、荒れた土の感触。そして、甲冑を身に纏った男たちが目の前で斬り結んでいるではないか。
 
「な、何これ……時代劇の撮影?」
 
しかし、そんな悠長なことを考える間もなく、一人の武将が馬を駆りながらこちらへと駆け寄ってきた。
 
「貴様、何者だ!」
 
鋭い眼光を向けるその男は、長い黒髪を後ろで括り、精悍な顔立ちをした若武者だった。鎧に刻まれた家紋は見たことがない。
 
「えっと……俺は……」
 
自分の状況を整理する間もなく、蒼真は戦場の只中に巻き込まれていくのだった——。
 
第二章 黒曜の瞳を持つ武将
 
戦の後、蒼真は名乗ることすらできぬまま、捕虜のような形で武将の陣へと連れられた。だが、そこは粗野な兵士たちの集まりとは違い、整然とした空間だった。
 
「お前を斬るべきか否か、判断がつかぬ」
 
武将は蒼真をじっと見つめた。
 
「名を名乗れ」
 
「……たかしな、そうま……です」
 
「タカシナ……聞いたことのない名だな。俺は黒瀬(くろせ)景虎(かげとら)。この軍の将だ」
 
景虎の目は、まるで黒曜石のように深く美しい。だがその瞳には、戦場を生き抜いてきた者だけが持つ鋭さがあった。
 
「お前、その身なり……どこから来た?」
 
「それが……俺にも分からないんです」
 
蒼真のスーツ姿は明らかにこの時代にそぐわない。それでも景虎は興味深げに彼を観察していた。
 
「まあいい。しばらくは俺のそばに置く。妙な動きをすれば、そのときは容赦なく斬るがな」
 
鋭い言葉とは裏腹に、景虎の指が一瞬だけ蒼真の手に触れた。そのぬくもりに、蒼真の胸が妙にざわめいた。
 
「……分かりました」
 
こうして蒼真は、景虎のもとで新たな生を生きることとなる。
 
第三章 揺れる想い、交わる視線
 
戦場での生活は過酷だったが、蒼真は次第にこの世界に順応し始めた。景虎の傍で過ごす時間が増え、二人の間には奇妙な信頼関係が生まれていった。
 
ある夜、蒼真は景虎と共に月を眺めていた。
 
「お前……戦が終わったらどうするつもりだ?」
 
「……分からないです。でも、今は景虎さんのそばにいたいと思う」
 
景虎は驚いたように蒼真を見つめ、そして微かに笑った。
 
「……お前、妙な奴だな」
 
その夜、景虎は蒼真の肩を引き寄せ、低く囁いた。
 
「……お前のこと、もっと知りたい」
 
蒼真の鼓動が跳ね上がる。景虎の黒曜の瞳が、彼を捕らえて離さなかった——。
 

「サラリーマンとの恋」

 ネオンの淡い光が揺れるバーのカウンター。グラスを傾ける音と静かなジャズが流れる中、ひときわ目を引く男がカウンターの隣に座った。

 スラリとした長身、シャープな輪郭、整えられた髪。まるで雑誌から飛び出してきたような彼は、さらりとバーテンダーにウイスキーを注文すると、自然な動作で隣の男に視線を向けた。

「一人?」

 声をかけられたのは、美しい顔立ちのサラリーマンだった。漆黒のスーツに身を包み、細身ながら端正な顔つき。その瞳はどこか遠くを見ているようで、繊細な印象を与えた。

「ああ、仕事帰りで少し飲みたくなって」

 静かに微笑む彼に、モデルの男は興味を引かれた。都会の喧騒の中で、こんなに上品で儚げな雰囲気を持つ男は珍しい。手元のグラスをくるくると回しながら、少し楽しげに口を開く。

「俺も似たようなもんだ。息抜きにはちょうどいい場所だよな」

 二人の会話は、自然に続いた。

 モデルの男は仕事柄、多くの人と会話をする機会があるが、ここまで心地よく話せる相手は珍しいと思った。サラリーマンの男は適度な距離感を保ちながらも、笑みを浮かべるタイミングが絶妙で、その仕草一つひとつが美しく見えた。

 グラスが空になる頃には、互いに名前を名乗り、少しばかりの素性を語り合っていた。

「……君、綺麗だね」

 ふと、モデルの男が呟く。その視線は真剣で、隠そうともしない興味が滲んでいた。

「……よく言われるよ」

 サラリーマンの男は照れ隠しのように微笑みながらも、その瞳がどこか揺れているのを隣の男は見逃さなかった。

「今夜、もう少し付き合わない?」

 その誘いに、一瞬の間。

 しかし、次の瞬間には微かな笑みとともに、サラリーマンの男が頷いていた。

 その夜、二人は体を重ねた。

 まるで夢のような時間の中で、交わされる熱と吐息。

 最初は一度きりの関係のつもりだった。

 ……だが、翌朝になっても相手のことが頭から離れないのは、どちらも同じだった。

 

 まるで夢のような時間の中で、交わされる熱と吐息。

 最初は一度きりの関係のつもりだった。

 ……だが、翌朝になっても相手のことが頭から離れないのは、どちらも同じだった。

 目を覚ました時、隣にはまだモデルの男がいた。

「……おはよう」

 低く甘い声が耳元で囁かれ、サラリーマンの男は無意識に目を細めた。

「……まだいたんだ?」

「君が可愛かったからね。帰る気にならなかった」

 モデルの男は余裕のある笑みを浮かべながら、さらりと髪をかき上げた。その仕草すらも絵になる。

「それとも、迷惑だった?」

「……そんなことないけど」

 サラリーマンの男はふと視線を逸らしながら呟く。昨夜の出来事が鮮明に思い出され、微かに頬が熱を帯びる。

 この関係がどこへ向かうのか、まだわからない。

 けれど、少なくとも今は、互いにもう一度会いたいと思っている。

「じゃあ、また会おうか」

「……そうだね」

 そうして、二人の物語は静かに始まりを迎えた。

 

第九章:決断の夜

銃声が夜の闇を切り裂いた。

九条はすぐに柊を背後へ押しやり、低い声で囁く。

「お前は下がってろ」

「九条さん……!」

「いいから」

九条の声には、有無を言わせぬ威圧感があった。柊は唇を噛みしめる。

(ここで俺が何を言っても、九条さんは戦うしかない——)

彼が生きてきた世界が、そうさせるのだ。

——だが、本当にそれしか道はないのか?

柊の胸の奥で、何かが叫んでいた。

***

敵の幹部はアジトの奥にいた。

九条は静かに歩を進める。拳銃の冷たい感触が、今夜の決断の重さを物語っていた。

「九条……」

敵の幹部——佐伯が、笑みを浮かべる。

「よくここまで来たな」

「お前のせいで、うちの本家が襲われた。……落とし前は、つけてもらうぜ」

九条は銃を構えた。

佐伯は余裕の表情で椅子に座ったまま、九条を見上げる。

「お前、本当に撃てるのか?」

「……何?」

「お前の背後にいる、あの俳優……名前は柊とか言ったか。お前、本当にあいつの前で人を撃てるのか?」

九条の指が、一瞬だけ引き金から離れた。

佐伯はそれを見逃さない。

「お前、変わったな」

「……」

「昔のお前なら、こんな余計な情を持つこともなかった。だが、今は違う。お前の目には迷いがある」

佐伯はゆっくりと立ち上がった。

「そんな半端な気持ちで、この世界に居続けられると思うなよ?」

***

柊は、アジトの奥へと進む九条の背中を見つめていた。

九条はきっと、佐伯を殺すつもりだ。

——だが、それをしたら、九条はもう完全に“戻れなくなる”。

柊は決断した。

「……待ってくれ、九条さん」

九条が振り向く。

「……お前はここにいろと言ったはずだ」

「知るかよ」

柊は一歩、九条に近づく。

「アンタがこのまま撃ったら——もう、本当にこの世界から抜け出せなくなるんだぞ」

「……俺は、最初からそんなつもりは——」

「違う」

柊は九条の目をまっすぐに見つめた。

「アンタ、本当はこんなことしたくないんじゃないのか?」

九条の目が揺れる。

佐伯はその様子を見て、ニヤリと笑った。

「ほらな? もうお前は、前みたいには戻れない」

九条の拳が震える。

柊は、静かに九条の手に触れた。

「……撃たなくていい」

「……」

「アンタが“こっち”に来たいなら……俺が受け止める」

九条は、深く息をついた。

そして——

カチリ。

九条は銃を下ろし、安全装置を戻した。

「……佐伯」

「……ほう?」

「——俺は、もうお前らとは関係ねぇ」

「……!」

佐伯の顔色が変わる。

「お前、今何を言った?」

「聞こえなかったのか? 俺はもう、この世界を降りる」

「ふざけるな! そんなこと、許されるわけが——」

佐伯が叫ぶ。

——その瞬間。

「うちの若頭に手ぇ出すなよ」

低い声が響いた。

倉庫の入口に立っていたのは——辰巳会の組長だった。

「……辰巳のオヤジ」

九条が呟く。

辰巳会の組長は、静かに九条を見つめ、そして口を開いた。

「お前がこの世界を捨てるつもりなら……好きにしろ」

「……いいのか?」

「九条、お前には世話になった。俺は義理は欠かねえ」

辰巳はそう言うと、佐伯を睨みつけた。

「だが、そっちは話が別だ」

「……!」

「佐伯、お前には落とし前をつけてもらうぜ」

次の瞬間、辰巳の組員たちがなだれ込んだ。

銃声が響き、佐伯は地面に崩れ落ちた——。

***

アジトの外に出た九条は、夜空を見上げた。

「……終わったのか?」

柊が隣で呟く。

九条は小さく笑い、煙草に火をつけた。

「……いや、これからだ」

「そっか」

柊は九条の横顔を見つめた。

「これから、どうする?」

「……お前の言う“こっち側”ってやつに、行ってみるか」

「……!」

柊の目が大きく見開かれる。

「……マジで?」

「お前が責任取るんだろ?」

九条は、悪戯っぽく笑った。

柊も、思わず笑う。

「……もちろん」

九条は、最後に一度だけ、倉庫を振り返った。

(さよならだ)

そう、心の中で呟く。

そして——二人は、夜の街へと歩き出した。

光の射す方へと。
第八章:逃れられぬ鎖

九条と柊は、闇の中を駆け抜けた。

敵の銃弾が背後を掠め、建物の壁に穴を穿つ。

「クソが……!」

九条は舌打ちしながら、すぐ近くの倉庫に飛び込んだ。柊もすぐに後を追い、息を荒げながら戸を閉める。

「……まさか、ここまで本格的な抗争になるとはな」

柊は苦笑いを浮かべたが、九条は険しい顔のまま、窓の外を睨んでいた。

「今回の襲撃は、ただの偶然じゃねぇ。誰かが、俺たちの動きを事前に漏らしていた」

「つまり、辰巳会の中に裏切り者がいるってことか?」

「ああ……」

九条は深く息をつく。

そのとき、背後で足音が響いた。

九条が素早く銃を構える。

しかし、現れたのは——辰巳会の幹部、相馬だった。

「九条、無事か」

「……ああ」

相馬は鋭い目で柊を一瞥し、少し顔をしかめた。

「こいつをここに連れてくるのは、さすがにまずいんじゃねえのか?」

「……分かってる」

九条は柊をちらりと見たが、柊は堂々とした態度を崩さなかった。

「俺のことなら気にしないでくれ。九条さんの邪魔はしない」

「……フン。だったらせいぜい足を引っ張らねえことだな」

相馬はそう言い捨てると、九条に向き直った。

「本家からの指示だ。今夜のうちに、奴らの幹部を仕留める。やれるか?」

「……やるしかねぇだろ」

九条は無表情のまま答えたが、柊は驚いて九条を見た。

「アンタ、本当に行くのか?」

「……行くさ」

「……」

柊は拳を握りしめた。

彼は、九条をこの世界から連れ出したいと願っていた。

だが、九条は未だに“闇の中”で生きようとしている——。

(このままじゃ、九条さんは……)

***

数時間後。

九条は静かに拳銃の安全装置を外した。

敵のアジトの前。夜の闇に溶けるように立つ彼の隣で、柊は息を呑んでいた。

「……柊、お前はここで待ってろ」

「……」

柊は迷った。

もし、九条がこのまま相手の幹部を殺せば——もう完全に、後戻りできなくなる。

(俺は……どうすればいい?)

柊は、今ここで九条を止めるべきなのか、それとも——。

そのとき——九条が、静かに言った。

「……もし、俺がこの世界を捨てるとしたら……お前は、俺を受け入れてくれるのか?」

柊は驚いて九条を見た。

「……九条さん?」

「……お前と話してると、時々考えちまうんだよ。もし、俺が普通の人生を歩んでいたらってな……」

「……」

「でも、俺は……こんな生き方しか知らねぇ。だから——」

柊は、一歩九条に近づき、静かに言った。

「アンタが“こっち”に来るなら……俺は、何があってもアンタを守る」

九条は少し目を見開き、そして——静かに笑った。

「……変な奴だな、お前は」

「よく言われる」

二人の距離が、静かに縮まる。

そして——九条は柊の頬に手を添えた。

「……俺は、お前に救われるのか?」

「それは——アンタ次第だよ」

柊はそう答えた。

銃声が響く。

運命の選択の時が、迫っていた——。
第七章:交わる刃

夜の街に銃声が響いた。

九条は冷静に身を伏せ、素早く拳銃を構える。敵対組織の連中が数人、ビルの奥から飛び出してきた。

「クソが……」

九条は一瞬だけ柊の方を見た。

「お前はここにいろ!」

そう言い捨てて、九条は暗闇の中へと消えた。

柊は奥歯を噛み締めた。

(俺は……ここでただ待っているだけなのか?)

俳優として生きてきた柊にとって、現実の暴力はまるで映画のスクリーンの向こう側の出来事のようだった。だが、今は違う。

九条がいるこの世界は、脚本も演出もない、むき出しの現実だった。

そして——九条がこのまま、この世界に囚われ続けるのを、柊は見ていられなかった。

***

九条はすでに敵の一人を仕留めていた。

しかし、油断はできない。敵の動きは明らかに計画的で、こちらの動きを読んでいるようだった。

(……裏切り者がいるな)

九条は直感的にそう確信した。

辰巳会の内部に、敵に情報を流している者がいる。そうでなければ、ここまでピンポイントに襲撃されるはずがない。

九条は静かに息を整え、銃を構え直した。その時——。

「九条さん!」

聞き慣れた声が響いた。

振り向くと、そこには柊が立っていた。

「……何やってんだ、バカ!」

「黙って待ってるだけなんて性に合わないんだよ!」

柊は拳を握りしめて言う。その目には迷いがなかった。

九条は舌打ちし、彼の腕を強く掴んだ。

「お前みたいな奴がここにいたら——」

「俺がいることで、アンタの足手まといになると思う?」

柊の言葉に、九条は息を呑む。

「……」

確かに、柊はただの俳優かもしれない。だが、彼の瞳は戦場に立つ者のそれと同じだった。

「……クソが」

九条は諦めたように小さく呟く。

「だったら、俺から離れるな」

柊は小さく笑い、頷いた。

その瞬間、銃声が響いた——。

***

九条はとっさに柊を庇い、弾丸が頬をかすめる。

「……ちっ」

敵はまだ近くに潜んでいる。

九条は柊の腕を引き、影へと身を潜めた。

「いいか、俺の合図で走れ」

「分かった」

九条は一瞬、柊の顔を見つめた。

——どうしてこいつは、ここまで俺に関わろうとする?

疑問は尽きなかったが、今は考えている暇はない。

「……行くぞ!」

九条の号令とともに、二人は駆け出した——。
第六章:牙を剥く闇

柊は九条に引かれるまま、辰巳会の本家へと向かった。

車の中、九条は一言も喋らない。助手席に座る柊は、車窓の外を流れるネオンを眺めながら、ただ彼の横顔を見つめていた。

「……本当に来るつもりか?」

唐突に九条が呟く。

「もうここまで来たんだ、引き返す気はないよ」

柊が淡々と答えると、九条は舌打ちした。

「……お前みたいな奴が、この世界に関わるとロクなことにならねぇ」

「そうかもな。でも、アンタを放っておく方がロクなことにならない気がする」

九条は深く息をついたが、それ以上は何も言わなかった。

***

辰巳会の本家に到着すると、すでにそこは異様な緊張感に包まれていた。

組員たちが慌ただしく動き回り、玄関先には血の跡が点々と残っている。

「九条さん! さっきまで敵対組織の連中が押し入ってきて、数人が負傷しました!」

迎えに出た若い組員が、息を切らしながら報告する。

九条は険しい顔で奥へ進む。柊もついていくが、周囲の視線が明らかに彼に向けられているのを感じた。

「おい、若頭。そいつ、誰だ?」

大柄な男が眉をひそめながら、柊を見て言う。

「……関係ねぇよ」

九条が短く答えると、男は納得いかない顔をしながらも口をつぐんだ。

柊は、ここが完全に“別の世界”であることを肌で感じていた。

暴力が日常にある世界。命の価値が軽く、信頼も一瞬で裏切りに変わる世界。

「……やっぱり、こんな場所にいるべきじゃないんじゃないか?」

ふと、そう言葉がこぼれた。

九条は歩みを止め、ゆっくりと柊を振り返る。

「……俺に、それ以外の生き方ができると思うか?」

柊は真剣な瞳で九条を見つめた。

「できるよ」

即答だった。

「……俺と一緒に来ればいい」

九条の表情がわずかに揺れる。

「俳優になれとは言わない。でも、こんな世界にいなくても、生きていける場所はある」

「……」

九条は目を伏せ、ふっと小さく笑った。

「お前、本当に変わってんな……」

「よく言われる」

柊が肩をすくめると、九条は少しの間黙っていたが、やがて小さく溜め息をついた。

「……もし、俺がこの世界を捨てたら、お前が責任取るのか?」

「もちろん」

即答する柊に、九条は少し驚いたように目を見開いた。

そして次の瞬間——。

「——九条さん! 敵がまた動きました!」

慌ただしい報告が飛び込んでくる。

九条はすぐに表情を引き締め、柊を振り返った。

「……話の続きは、これが片付いてからだ」

「……分かった」

九条は拳銃の安全装置を外し、静かに呟く。

「……行くぞ」

そして、闇に紛れるように彼は駆け出した。

柊もまた、彼の後を追い——新たな世界へと踏み込んでいった。

次章予告:敵対組織との抗争が激化する中、柊と九条の関係が決定的な瞬間を迎える——。
選ぶのは、光か、闇か——。
運命の歯車が、ついに大きく動き出す。