エンディングノートを書いてみて、少し立ち止まりました。

きっかけは、身近な人が亡くなったことでした。

 

その出来事のあと、
自分はこれからどう生きたいのか、
ちゃんと考えたほうがいいのかもしれないと、
ふと気になりはじめました。

 

 

 

 

実は、エンディングノート自体は前から買ってありました。

でも、ずっと開けなかったんです。

なんとなく気にはなっていたのに、


見ないままにしていました。

たぶん私は、
こういうことを後回しにしてきたんだと思います。

 

まだ早い気がするとか、

今じゃなくてもいい気がするとか。

そうやって少しずつ、
自分のことを考えるのを先送りにしていたのかもしれません。

 

中を開くと、
氏名、生年月日、住所みたいな基本情報から、
連絡先、
財産やお金のこと、
IDやパスワードの管理方法までありました。

 

ほかにも、
医療や介護の希望、
亡くなったあとのこと、
これまでの思い出や、
残しておきたい気持ちを書くページもありました。

 

見ているだけで、
思ったよりいろいろあるんだなと感じました。

 

そして、いざ書こうとしてみると、
自分のことなのに、うまく書けないところがいくつもありました。

 

わかっているつもりだったのに、
言葉にしようとすると止まってしまうんです。

 

え、自分のことなのに。
そんなふうに、少し唖然としました。

 

何を大事にしたいのか。
これからどうしたいのか。
もしものとき、どうしてほしいのか。

 

そういう大事なことに、
私はあまり向き合ってこなかったんだなと思いました。

 

でも、
書けなかったことがあったからこそ、
見えてきたものもありました。

 

ぼんやりしていたこれからのこと。
自分ではわかっているつもりだった本音。

 

それが、
少しずつ言葉になって出てくる感じがあったんです。

 

限られた時間を大切にしたい。

そんなこと、
前から頭ではわかっていました。

 

でも、エンディングノートに向かって書いてみたあとでは、
その言葉の重さが少し変わった気がしました。

同じ言葉のはずなのに、
前よりも自分の近くに来た感じです。

 

エンディングノートは、
亡くなったあとのために書くもの、
というイメージが強いかもしれません。

 

私もたぶん、
どこかでそう思っていました。

だから、
まだ自分には早い気がしていたんだと思います。

 

でも実際には、
それだけじゃないのかもしれません。

 

今の自分が何を大切にしたいのか。
どんなふうに暮らしたいのか。


何が気がかりで、
何はまだ言葉にならないのか。

 

そういうことを、
静かに見ていく時間にもなるんだなと感じました。

 

最近は100円ショップでも見かけます。

だから、
もし少しでも気になっているなら、
いきなり全部書こうとしなくても、
まずは中を見てみるだけでもいいのかもしれません。

 

今の自分は何を書こうとするのか。
逆に、何を書けずに止まるのか。

 

そういうところに、
自分でも気づいていなかった気持ちが
あるのかもしれません。

 

私もまだ、
ちゃんと整理できたわけではありません。

 

書きながら止まって、
考えて、
また閉じてしまうページもあります。

 

でも、
開いてみたからこそ、
前より少しだけ
自分のこれからに目を向けるようになりました。

 

それだけでも、小さくないことだった気がしています。