叔父のことに重ねる記憶 | カレンの聞こえよがしのひとりごと。

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ブログを始めてからもう13年...いろいろな変化を経てある今、これからの自分の人生と向き合う中、気ままに綴るシニアの日記感覚の不定期ブログです。 気楽に覗いてください。

急性期の病院で、検査、治療後、

容体が落ち着いたので、近くの病院に

リハビリ入院で転院するはずだった昨日、

直前の最終検査で問題が見つかり、急遽、

手術になった、硬膜下出血だった叔父😱

手術は無事成功し、安堵の中、そのまま

まだ1週間ほど入院、経過観察となった。






叔父に直接何かできるわけもない私は、

支える叔母に寄り添うべく、手術中、

病院のロビーで共に時間を潰し、叔母の

不安や心配、愚痴等、聞き役に徹していた。






今の病院、その後の転院先の病院と、

少なくとも叔父が入院している間は、

叔母が一人で、家で叔父のことをみて

いるよりは負担がましだろうと思うし、

その期間中なら外出にも連れ出し易い。 






ストレスからだろう胃の不調と、それに

伴う食欲不振で、一人ではなかなか食が

進まない様子にも、一緒なら、どし食い

宜しく、ちょっとでも食べれるかなと。






私がそうだったから。






主人のことで絶望の縁にいた時、

いろんな人が助けてくれた。






主人の闘病中、私のツラい思いを

余計なことは言わず、ただ、うんうんと

頷いて、吐き出せる器になってくれた人、


一人で身動きがとれなかった時、

その都度、手を貸してくれた人、


さめざめと泣くことを静かに見守り、

あるいは、一緒に泣いてくれた人、


タイミングをはかっては、

外へと連れ出してくれた人、


遠いところから主人のお見舞い方々、

私の励ましにとかけつけてくれた人、


食べれない私に、手間要らずで

栄養のつくものを送ってくれた人、






主人が亡くなった時には、なんとか

都合をつけて葬儀に足を運んでくれた人、


その後の私を心配して、大きな供花を

抱えつつ、元気づけに来てくれた人、


闘病から葬儀、引っ越しに至るまで、

様々な面で、通して力になってくれた人…






今、振り返ると、ほんとうにたくさんの

人の優しさが、思い遣りがそこにあって、

それぞれの人が、それぞれのことで関わり、

助けになってくれたことには感謝しかない💖






それでも、悲しいかな、病気やその他、

問題を抱えている当人はもちろんのこと、

そばについてサポートする立場の家族の

苦しみや心の痛みもまた、その人自身に

しか解決できないのはわかりきったこと。

どちらの側になったとしても、誰も

代わりにはなり得ないのだからツラい。

経験者は語る…ということで。






だけど、その人のことを思って動くことは、

必ず相手に通じるし、そのことが、ほんの

ひとときでも、励ましに、癒しに、和みに、

逃げ場を作ってあげることになったりする。






私はそうして、たくさん助けられてきたと、

感謝できる場面が幾つも幾つもあったから、

今は、これから自分がしっかり生きていく

ことを第一に努めながらも、少しでも、

叔父や叔母に役立つことがあればと思う。






さて、叔父の入院している病院の近くには、

ホークスの本拠地、ペイペイドームがある。






だからなのかな…そのまた近くにある

商業施設のマークイズに飾られていた

飾り山笠はこうなっている。






前回、中洲川端の、ガンダムの飾り山笠も

紹介したけれど、共に、こちらは「見送り」

という、所謂、裏側になるらしい。






どの飾り山笠にもメインになる表がある

のだけれど、ミーハーな私は、話題性のある

裏側の見送りの方だけしか撮っていない。 

お粗末なことで(⌒-⌒; )💧