父親がとてもケチな人だったんです。
時間にもお金にも。
堅実なところは良いんだけど
バランスが偏ってた。
でも父親がそうだったのは
自分の課題として持ってきたもの。
ちゃんと自分自身に与えて満たしてあげられるようになることはわたしにとって課題のひとつでもあります。
だから、昔から
値切ることに対して、とか
少しでも得したい、という感覚に対して
すごく、嫌悪感がありました。
同じ、安く手に入れるにしても
・元値よりも安く手に入れられること自体に喜びを感じる
→ただのケチ
・欲しかったものが思ったよりもリーズナブルだった
→自分の喜びに基づいて主体的に選んでる
前者で物を手に入れても満たされません。
後者、本当に自分が欲しいものを妥協しなければ満たされます。
自分のしたいことがわからない
自分の好きなものがわからない
って人は
自分にちゃんと欲しいものを与えてないのかもしれません。
わたしは、本当に欲しいものから少しズラしたものを買う傾向にあったから、食べても手にいれても満たされなかった。
いつも、父が言いそうなことが頭をよぎるから。
「そんな贅沢なもん、もったいない」
そういう言葉を自分に入れてしまってたので
わたしは自分の主体的な喜びがよくわからなかった。
今になってわかることなんだけど、
常識や固定概念よりも
自分の本当に望むものを信じないと豊かになれません。
「わたし、そんなに安い女ちゃうねん!」
って、ずーっと心の奥では叫んでたのかもね 笑
だってさ、
本当に美味しいもの食べたいし
ロケーションの良いところで過ごしたいし
都会が好きだし
快適に移動したいやん。
父からしたら、贅沢すぎるのかもしれないけど
父は不満が多かったから、思った通りになってるよね。
自分自身が豊かで
周りに豊かさを与えていている人って
自分の幸せに素直だし
ちゃんと自分に与えてる。
わたしも、それに気づいてから、
自分にしたいことをちゃんと与え始めたら
食べたかったものをご馳走してもらえたり
プレゼントをたくさんいただくようになりました。
今度は自分が豊かさを回して行きたいなぁって思います。
子どもにも、してあげたいことはたくさんあります。
自分にやってることがそのまま人にされること
本当にこの世界は複雑なようでシンプルで面白いです。
この面白さを体験するために
課題を持ってきてるんでしょうね❤️
