これは岩瀬にある小さな歯医者さんのお話。
小学生の時からずっとお世話になっている歯医者さんがある。
駐車場も小さく、乗用車がやっと2台停まるスペースに隣接し、かつては自動ドアだった入口も今はすっかり手動ドアになってしまった小さな玄関。
スリッパを取り出すと受付けに置かれているおもちゃの小鳥が鳴きながらこちらにおじぎをする。
その鳴き声を聞く度に「今日も歯医者に来てしまった・・・」と恐怖感を抱く想いは小学生の頃と何も変わらない。
そんな変わらぬ感情を抱く自分とは裏腹に、ここの歯医者は数年前から随分と変わり果ててしまった。
自分が小学生だった時、ここの歯医者にはたくさんのスタッフが居た。歯科員さんは院長先生とその娘さんの2人のみ。その他に歯科助手が2人、受付けが1人と毎日5人体制で行っていた。治療台は5台にレントゲン室も併設されている。決して大きな歯医者さんではないが、受付けのイスに座れない程の患者さんで毎日てんやわんやであった。
そんな私が中学生になった頃、そこの歯医者の院長先生が亡くなった事を知らされた。驚きを隠せなかったが、私は院長先生に治療を行って貰った事は一度もなかった。そこの歯医者では男性は院長先生、女性は娘さんが治療するように分かれていたからだ。
やがて私は高校生になる。急な歯痛に襲われ部活帰りに久しぶりに歯医者に行った。すると、驚く事にスタッフは娘さん一人しか居ないのだ。受付けから治療、会計に片付けと、かつては分担されていた業務を全て一人でこなしている。フロアから治療室内をかけずり回り、治療を行っていく。ムダな動きは一切見られない。凄いな・・・。と思いつつこんなにも忙しいなら人を雇えばいいのに、と何度思ったことであろうか。
時は経ち私は社会人になった。社会人というモノは恐ろしい程忙しく、歯医者もろくに通えない(笑)
様々な事情があり社会人を一年で卒業した私は3年ぶりに歯医者に行った。スタッフは相変わらず一人。待合室から診察室へのドアは開けっ放しになっており、すぐに名前を呼ばれ一番奥の治療台に座った。
先生「久しぶりだね。今日仕事は休みなの?」
自分「色々あって辞めました。そしてやっと歯医者に来れました。笑」
先生「そうなんだ。虫歯何本かあるから長期戦になるけど覚悟してね」
そう言われ一本目の治療に差し掛かろうとした瞬間、受付けから電話のベルが鳴った。先生は私に「ちょっとごめんね」と一言添えて電話の元へ走って向かった。どうやら午後の患者さんがキャンセルしたとか。先生は慣れた手つきで手を洗い再び私の元へやってきた。
先生「バタバタしちゃってごめんね。」
自分「時間は大丈夫なので気にしないでください。」
その瞬間また電話が鳴った。先生は小さなため息を漏らし再び電話に駆けつける。先生は少し荒げた声で「それで?ご用件は何でしょうか?」と言っていた。きっとセールスの電話であろう。こんな時スタッフがもう一人居たら手間が省けるのになぁ。と勝手ながら心配する私の想いとは裏腹にこんな声が聞こえてきた。
先生「うちはもう大丈夫ですから。はい、そうです。大丈夫です。いえいえ、わざわざお電話頂きありがとうございました。」
こんな状況下でセールス相手にありがとうございましたなんて普通は言えないだろ・・・やっぱこの人凄いなぁ。と改めて確信した場面であった。
やがて治療が終わり待合室に向かおうとした瞬間、隣の治療台に座って居たおぼあさんも待合室に向かおうとしていた。おばあさんはT字の杖を使用し、ゆっくりと歩いて行く。歩行があまりにも不安定な為、おばあさんの隣へ向かおうとすると、なんと先生がおばあさんの手を引いて一緒に受付けまで案内していたのだ。
なんて気遣いの出来る先生なんだ・・・本当のホスピタリティとはこういう事を示すものだと前の会社の人達に伝えてあげたいものである。
その日おばあさんは円背姿勢にも関わらず、先生に深々とおじきをして帰って行った。
私の治療はまだまだ終わらない。
この日は麻酔を使って神経を抜く行程が待っていた。麻酔には慣れているが、その後の神経をそうじする行程が苦手だ。あいにく左奥歯の為、カバのように大きく口を広げて何十分も待たなければならない。そんなカバ口を広げた私に先生はこう話しかけてきた。
先生「まゆちゃん、バイト始めるんだって?」
自分「はひ」(口を開けたまたまなので大した返事が返せない。笑)
先生「私も東京の大学に通っていた頃は色んなバイトやったなぁー。」
自分「へぇ。」
先生「年齢バレちゃうけど一番楽しかったのは何と言ってもディズニーランドかな!」
自分「えっ?えぇっ???」
先生「ウエスタンランドとリバー鉄道の近くにショーを見ながら堪能出来るレストランがあるんだけどそこでバイトしてたの。」
自分「へぇ。」
先生「あそこはゲスト(お客さん)がみんな浮かれてやってくるでしょう?雰囲気だけでも毎日楽しかった。もちろん風紀は特に厳しくてストッキングは絶対に肌色、爪は反対側から出ていたらアウト、ショーの途中でゲストの前を横切ったら先輩にこっぴどく怒られるし、ゲストはキャスト(従業員)を見に来ているのではない!って怒鳴り散らされたものだよ。」
自分「大変だぁー。」
先生「すっごい大変だったよ。でも楽しさのが常に増してた。もしここの歯医者がダメになったら今でもキャストに戻りたいって思うよ。だからまゆちゃんもそういう仕事見つけられるといいね。若いんだから今やれる事は全てやっておくべきだと思うよ。さっ、今日はこれで終わり。絶対にガムは噛まないようにしてね。それでは受付けでお待ちください。」
この先生の気配りや患者さんに対する言葉遣い、行動は全て故意的に行っているものではない。先生が自ら言っていたように、それはきっとディズニーランドのアルバイト経験の積み重ねでホスピタリティ精神が向上したのであろう。
ある日の待合室での話。
私が携帯をいじっていると隣のおばあさんが突然私に話し掛けて来た。
おばあさん「昔はここの歯医者さんもお客さんがいっぱいで予約すら取れなかったのに今は随分寂しくなっちゃったねぇ。でもあの先生は一切仕事の手抜かないし、悪い歯を探し探し治療してくれるんだ。他の歯医者に行ったら痛みのある歯しか治療してくれないからねぇ。でもおばさんはここの歯医者さんを凄く信頼しているから足腰が弱くても必ずここで診てもらっているんだよ。」
業種は違えど自分もいつかそちら側の人間でありたいと強く思う。
まだ間に合う。
というよりまだ始まってもいない。
今日からスタートします。
夢への第一歩。
今まで経験した事のない
貴重で大切な第一歩。
2013年 6月 3日
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