日本には安土桃山時代に西洋人により伝えられたと推測されている[3]。最古の確かな文献は、1596年(慶長元年8月)、石田三成が博多の豪商神屋宗湛に送ったシャボンの礼状である。
最初に石鹸を製造したのは、江戸時代の蘭学者宇田川榛斎・宇田川榕菴で、1824年(文政7年)のことである。ただしこれは医薬品としてであった。
最初に洗濯用石鹸を商業レベルで製造したのは、横浜磯子の堤磯右衛門である。堤磯右衛門石鹸製造所は1873年(明治6年)3月、横浜三吉町四丁目(現:南区万世町2丁目25番地付近)で日本最初の石鹸製造所を創業、同年7月洗濯石鹸、翌年には化粧石鹸の製造に成功した。
1877年(明治10年)、第1回内国勧業博覧会で花紋賞を受賞。その後、香港・上海へも輸出され、明治10年代の前半に石鹸製造事業は最盛期を迎えた。1890年(明治23年)、時事新報主催の優良国産石鹸の大衆投票で第1位になったが、全国的な不況のなかで経営規模を縮小した。翌年創業者の磯右衛門が死去。その2年後の1893年(明治26年)、廃業した。彼の門下が花王、資生堂などで製造を続けた。
銭湯では明治10年代から使用されはじめ、洗濯石けんのことを「洗い石けん」、化粧石けんのことを「顔石けん」と称していた[3]。
Wikipedia 引用