冒頭の歌詞にある通り、僕は京都のJEUGIAでアコースティックギターを買った。YAMAHAの、8万円くらいの、1番音がいい(主観)やつ。
モーリスもいい、マーティンもいい、フェンダーを選ぶもよし。でももう最初から、よっぽどのことがない限りYAMAHAだと決めていた。
憧れのシンガーは、駆け出しの頃にYAMAHAを持っていた。
日本のフォークシンガーが好きだし、日本製って逆にいいじゃんって思ってた。
初めはYAMAHAを買って、後々音楽で飯が食えるようになったらギブソンを買ってやろうと思ってた。
…
僕からすれば、アコースティックギターというのは、いちばん小さい伴奏のような、手軽な、身軽なものといった印象があって。それは、幼少期の音楽の影響が大きいと思う。「ゆず」や「コブクロ」「YUI」とかの、伴奏としてアコギを弾いてる感。ジャーンとコードを鳴らす楽器。そんなイメージがどうしてもあった。
「最近の人はギターをジャカジャカ鳴らすだけで、ルーツを感じない」みたいなことを高田渡がどこかで言っていた。高田渡からすれば、アコギの奏法というのはアメリカのフォークソングがルーツ。向こうの国に憧れるのが当たり前の時代だった。ディランの師匠にあたるウディ・ガスリーに会いに行こうとしたりと彼の熱意は凄まじいものだった。
僕は古いフォークソングが好きだし、高田渡ももちろん好きだけど、僕のルーツは「アコギをジャカジャカ弾く最近の若者」なんだった。そういう気持ちは10代の頃からずっとぼんやりあった。だからフォークソング的な奏法を会得しようとあんまり思わなかった。
70年代の日本のフォークシンガーに熱中していた19の頃、現代にカッコいいフォークシンガーはいないのかとふと思った。
現代のフォークシンガーはなよなよしく、愛や恋を歌ってるという印象が、当時はぼんやりとあった。とにかく、70年代に痺れてる僕からしたら生ぬるいものばかりに思えた。
しかし、どこで知ったのか忘れたけど、大森靖子さんは違った。
激情的で、掻き鳴らすようにギターを弾いて、なにより歌詞が凄かった。
僕は男だから、当時は歌詞の半分も理解できなかった。理解はできないけど、彼女の歌が温かいもので人を支える歌であることはわかった。そして僕自身も救われた。
「アコースティックギター」の歌詞に出てくる
「これでとんでもないことをやってやろうと
そう彼女のように」
の彼女とはもちろん大森靖子さんのこと。ほんとに、大森さんを知って、現代にもカッコいいシンガーがいると思って、アコギを買おうと決意した。1人でもできるんだ、あんなにカッコよく!と思った。
僕は人が怖いから、バンドはできない。誰かとなにか作り上げたりとかも難しい。1人で完結させたい。だからアコギを買おうと思った。決してアコギのサウンドが好きとかそんなことでは無かった。道具だった。歌詞にある通り、拳銃を買うような気持ちだった。
そんな、初期衝動のような気持ちを歌いたくなった。
僕も歳をとってしまった。