梅雨明けした途端に、本当に暑くて暑くて・・・晴れ

庭の花が夕方にはしおれてしまってて、可哀想でした。

十分、水遣りをしたので、今は元気になってますクローバー



さて、今日は、調和についてですあじさい


調和という言葉をよく耳にしますが、調和のとれた生き方って、いったい何なのでしょう?


それは、自分が無理をしているとか、自分が我慢しているとか、何かを犠牲にしているとか感じることなく、「自分のこんな所が好きチューリップ黄」と言える生きる、生き方。



これって、本当に理想なのですが、現代社会で生活していると、そんなことは不可能に近いように思えます。

私自身、苦手な上司に毎日、辟易し、苦手な後輩にあきれ果て、商売相手には理不尽なことを言われ、もう、本当にやってられないよって感じ・°・(ノД`)・°・



じゃぁ、私は調和の取れた生き方をするのが無理かというと、実はそうではないのだと思います。


要は、自分が何を選択し、何を捨てるか。


それによって、自分の調和・心の平安はやってくるはずなのです。



私自身が今、思っているのは、職場から変えるのが無理なら、まずは、自分のプライベートな時間から「調和」を目指して変えるということ。


それは、自分が「心地よい」と思えるもので、身の周りを満たすことヒマワリ


たとえば、私は最近、ほとんど、流行りの歌を聞きません。

私がティーンネイジャーの頃に流行っていた、好きだった曲も聞きません。

それは、今の私が、それらを特に聞きたいと思わないから。


今は、クラシックとか、ヒーリングミュージックとか、そういうのを聴いたり、もしくは『無音』という状態を選択しています。

車に乗っていても、何も聞かない「無音」。



流行りの曲を聞いていたりしないと、職場のお付き合いのカラオケに行っても、歌える曲がなくて弱ることもあります。

人の話についていけないときもあります。

やたら歌に詳しい人に出会うと、自分もあんな風に詳しくなりたいと思うことも、なくはない。


でも、それって、自分の調和の為に必要なことなのかと言ったら、全く、そうじゃない。



今の私に必要なのは、自分が静かな自分に戻れるための「音」。

クラシックやヒーリングミュージックなどもそういう音だし、「無音」だって、私にとっては大事な音。



さらに言えば、ヒーリングミュージックにも色々あって、ヒーリングと書いてあったら何でも良いわけでもないです。

そう書いてあるのに、自分には嫌な音に聞こえて仕方ない音楽もあります。

そういう場合、せっかく買ったCDでも聞かない。


そうかと思えば、たまに、突然、J-POPが聞きたくなって、車で流して聞くこともあります。



要は、自分に今、何が必要なのか、自分で感じ取って、それに素直に従うということ。


自分で感じて、その感覚に素直に従うという経験を積み重ねると、現代人に失われかけている「感性」が研ぎ澄まされたり、直観力が戻ってきたりすると思います。


小さな子どもが、鋭い直感力を持って生きているのは、周りに惑わされず自分の調和に一番必要なことを、素直にやっているから。

(最近、そういう子ばかりじゃなくなってきた日本が悲しいですが・・・。)



音楽だけではありません。

アクセサリー、パワーストーン、何でも、周りのことを気にするのではなく、自分の心のサインで、自分の調和のために見極めていく習慣をつければ、違った価値観の、違った人生へと進めるのではないでしょうか。