久しぶりにゼミ友達と飲み会をした。
この間まで海外にいたし、コロナだったから飲み会なんて数年ぶり。
そこで思ったこと
みんな学校関係の仕事についてるんだけど
全く話題がない
何、話していいかわからない
私はつらつら笑って
うんうんって相槌打って
もぐもぐひたすら食べてた
んで、ちょっと
今の仕事とか
転職したとか
海外にいたとか話してみて
面白いくらいに反応がない
あーこれ話しちゃいけないやつかも
って思った
当時は、
同じ大学で
同じゼミで
同じこと学んでたのに
社会人になると
こんなにも変わってしまうものかと
というか自分的には、
学校の先生やりながら
海外とも繋がってて
めっちゃすごい!
もっと話し聞きたい!
って思うんだけど、
あまりにも違う世界にいる人を見ると
逆に勝機をなくしちゃうのか
すぅーって引くのを感じた
こうやって人間って
自分と違うものを
異物
と判断して
本能的に離れるっていうか
ある意味危険を感じて
引いていっちゃうのかなと思った
それが正しいときもあると思う
だってそうしたら自分は怪我をしないし
でも、それって自分が違う世界に行ける
一瞬だけ開いた扉を
見過ごすってことで
それって
自分の成長する機会を
みすみす逃すってこと
だと思う
だから、集団って怖い
そういうぬるま湯にどんどん浸かっていってしまって
結局
同じ毛色の
同色人種と一緒になって
まるで泥舟に乗ってみんなで落ちていっていくみたい
自分はそんなの嫌だ
ってか
その怖くて先が見えない方に
どんどん突き進んでいきたい
そういうとこの感覚は
バカになっていきたい
今、また日本に戻ってきて
安定した職に就いて
しかもまた教職で
あーぬるま湯に浸かってるな
って思うけど、
これは、準備に必要で
その集団の中でも尖っていこうと思ってて
怖くて先が見えない
崖に向かって歩いて行こうと思ってて
でも、そんな危険な道を進むなら
ぬるま湯に浸かっている人とは
縁を切った方がいいかもしれない
やっぱり関わる人を変えないと
環境って変わらないから
自分を変えるのはすごく大変
ひさしぶりに会った友達をみて
中学から変わってない
とか
大学から変わってない
とか
すごく思う
でも、自分もそう思われているかと思うと
悲しくなる
自分は、過去の自分が嫌いで
変わりたいと思って
色々やってきたつもりだったのに
それが他人から見たら
変わってないね
だったら
単純にショック
でも
同時に
まだまだ足りなかったんだと思って
やり続けるしかない
今回みんなと会ってある意味
いい発見をしたと思う
彼らを下に見ているつもりはないけど
自分は
世界の裏側を
そちら側の人間になってみてみたい
世界の上層に
仲間入りしたい
だから、
どこまでも辛くて怖い道を進んでいく