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「自殺前症候群」を見逃すな

20161128西川敦子 / フリーライター

 

 今や社会問題となっている過労自殺。自分の周りを見渡せば、働き過ぎの人、上司とうまくいっていない人はいくらでもいる。自殺は私たちにとってごく身近な問題なのかもしれない--。今回は、筑波大学の高橋祥友教授(医学医療系 災害・地域精神医学)に話を聞いた。自殺者の本音、自殺のサインを見極め、決行を食い止めるための具体的な方法を紹介する。

 

自殺者の95%は心の病を発症している

 電通の女性新入社員の自殺をきっかけに、長時間労働、パワハラを問題視する声が高まっています。しかし、犯人捜しによって、過労自殺の問題は解決できるのでしょうか? もちろん、職場環境や働き方を見直すことは大切ですが、もうひとつ忘れてはならないことがあります。周囲にいる私たち自身の手で、自殺を食い止めることです。

 私は自殺予防を専門とする精神科医として長年臨床に携わってきました。そこで見えてきたのは、社会に潜む、自殺についての二つの大きな誤解です。

 一つ目は、「自殺とは自由意思による、覚悟の行為である」という一般的な思い込みです。世界保健機関(WHO)の調査によれば、自殺者の95%はうつ病をはじめとする心の病を抱える人々です。その中で、精神科などを受診していた人はわずか2割に過ぎません。つまり、治療を受けずに病気が進行した結果、やむなく死を選んでしまう人々は決して少なくないということです。

 希死念虜(きしねんりょ=死にたいと願う気持ち)は、うつ病の典型的な症状です。まず、病状が進むと、物事を柔軟に捉えられなくなる「心理的な視野狭窄(しやきょうさく)」に陥り、自分が抱える問題を解決するには自殺するしかない、と思い込むようになります。同じくうつ病の症状である罪悪感や悲哀感が募れば、「死んでおわびしなければ」「死ねば苦しみから解放される」という思いはいよいよ強まります。病気で判断力を失っていますから、もちろん、まっとうな意思決定とはほど遠いものです。

 もう一つの誤解は、「死ぬ、死ぬと言う人に限って死んだりしない」というものです。本当に死ぬ気があるなら黙って決行するのでは、などと思われがちですが、実際はそうではありません。自殺者のほとんどは、最後の行動を起こす前に自分の意図を誰かに打ち明けています。「死にたい」という気持ちと、「生きたい」という気持ちの間で揺れ動いているからです。

 ですから、「死んでしまいたい」というつぶやきには、彼らの痛切なメッセージが込められています。「この苦しみを和らげてほしい」「自分の言い分に耳を傾けてほしい」「社会の不当な扱いに抗議したい」「最後まで私を見捨てないでほしい」--。もし誰かから自殺したいと打ち明けられたら、「そんなにつらい思いを、よく私に教えてくれたね」と、まずは受け入れてあげてください。

 

「命を大切に」「会社なんか辞めれば」はNG

 ただ、受け答えには注意する必要があります。たとえば、「命を大切にしなさい」「家族のことも考えて頑張って」といった当たり障りのない激励の言葉は禁物です。「この人は自分という人間を見てくれているのではない、心から話を聞いてくれるわけではない」と、かえって孤独感を深めてしまいます。

 正論を押し付けるのもNGです。「会社に行くのがつらい、死んでしまいたい」という訴えに、「死にたいくらい嫌な会社なら辞めちゃえば?」「死ぬ気でやれば何でもできる」などとアドバイスするのは簡単です。しかし、相手の悲しみ、悩みは、世間一般の常識では解決しないような根の深いものだということを忘れてはなりません。

 はぐらかすような返事も避けましょう。自殺はタブー視されているので、口にするのも縁起が悪い印象がありますが、「自殺したい」と言われたら、「自殺することまで考えているんだね、つらいんだね」と、苦しい気持ちをまず認めてあげましょう。否定したり、非難したりせず、真剣に話に耳を傾けること。それが死のふちに転落しようとしている人にとっては、まさに「命綱」となります。

 深い苦しみを抱えている人は、なかなか自らを多弁に語ることはできません。この人は自分の複雑な事情を本当に理解してくれるだろうか、引かれるのではないか……という疑いやおびえが口を重くさせるのです。

 そんなとき、話をせかさないでください。ただそばにいて沈黙をともにするだけで、「言葉は交わさなくてもいい、ここに一緒にいるよ」というメッセージを伝えることができます。真剣に聴いてくれる人だと信頼できれば、相手はぽつりぽつりと心の内を語り始めるでしょう。

 

「酒量が増えた」が自殺のサインに?

 意外なサインが、自殺の前触れとして表れることもあります。たとえば、原因不明の体の不調。風邪をひいたり、血糖値が急上昇したり、といったケースも見られます。心の問題にとらわれ、健康管理がおろそかになってしまうためでしょう。

 安全面への配慮ができなくなり、ケガをすることもあります。「いつもなら気をつけて上る急な階段でけつまずく」「包丁で手を切ってしまう」「軽い交通事故を起こす」などです。子どもの頃の病気が久しぶりにぶり返すケースも見られます。

 酒量が増えている場合も自殺の黄信号です。その他、身だしなみが乱れる、ささいなミスが増える、といった異変が起こることもあります。言葉にならないSOSにぜひ気づいてあげてください。

 

何気ないフォローやねぎらいが自殺を防ぐことも

 直接相談に乗れなくても、何気ないフォローやねぎらいの言葉が、自殺の防御壁になることもあります。組織の中には、みんなの日ごろの不満のはけ口になってしまう立場の弱い人、頑張っているのに目立たず、評価の対象にならない人などがいるものです。声の小さな彼らは、人知れず悩みを募らせていても、なかなか他人にそのことを打ち明けられません。そんな人たちをいじめからフォローしたり、「あなたの仕事のおかげで、みんなが助かっている」と感謝したりするだけで、苦しみが和らげられることがあります。

 

TALK」で自殺を食い止める

 最後に、自殺について打ち明けられた場合の4原則「TALKTellAskListenKeep safe)」をご紹介しましょう。カナダで自殺予防に取り組むLiving Worksというグループが提唱しています。

Tell「心配だ」「死んでほしくない」という気持ちを言葉に出して伝える

Ask今、死にたい気持ちがあるのか、はっきりと聞く

Listen相手の話にしっかり耳を傾ける(傾聴)

Keep safe危険を感じたら、ひとりにしない。医療機関を受診させる、などする

 ウィーンの精神科医、アービン・リンゲルは自殺のサインが表れてから、実際に決行するまでの状態を「自殺前症候群」と名付けました。少しでも早い段階で自殺前症候群に気づき、手を差し伸べることで最悪の事態を防げるかもしれません。悲しい事件を繰り返さないためにも、私たち一人ひとりが心しておきたいものです。

   ◇   ◇   ◇

たかはし・よしとも 精神科医、医学博士。1979年金沢大学医学部卒。東京医科歯科大学、山梨医科大学、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)、東京都精神医学総合研究所を経て、2002年防衛医科大学校・防衛医学研究センター教授(行動科学研究部門)。12年から現職。おもな著書に「自殺予防」(岩波書店)「自殺の危険」(金剛出版)ほか。