なんだか、ワタクシのブログが更新されていないと苦情が出ているとか!(ウソ)w



カリスマ理容師の大ちゃんのところにも、半年以上行かなかったくらいヒッキーでしたから。



3ヶ月くらい前でしたかね。



久しぶりに大ちゃんのところにカットに行った時には、「佐野元春?」って言われるくらいのボウボウのアーティスティックヘアスタイルでした。w



まあ、仕方がないですよ。



PCの前にすら座ることがままならない健康状態でしたから。



そんなワタクシは、昨年2月から「ももいろクローバーZ」でリハビリを重ねておりまして、昨年3月のライブビューイングをはじめとして、昨年6月と今年の3月のライブに行っております。



主治医にも、そういうモチベーションを大事に生活してくださいと言われております。



外出らしい外出もロクにしていないので、少しでも外に出られるようにアクションしていければいいなと思っています。



今回のブログも、そういう気持ちで書いています。



先ほどももクロちゃんのことを書きましたが、アイドルが自分の人生のカンフル剤になると思ったことはありませんでした。



ここでも、息子の影響でAKB48のことを書いたりしていましたが、息子がAKBをはじめとするアイドルから離れて行くなかで、ワタクシ自身は、タワーレコードの社長と同じく、ロックが大好きなのに新たな分野としてアイドルが自分の中に侵食していくのが何とも言えない気分です。



最近も、BiSとかBABY METALが気になる自分が許せないくらいです。



ワタクシは、音楽関係の仕事もしていた時期もありまして、忌野清志郎さんのライブサポートメンバーであるサックスプレイヤーの梅津和時さんとも一緒に仕事をしたこともあり、椎名林檎様が敬愛し、ジョイントライブがDVDにもなっている盲目のギタリスト長谷川きよしさんとツレションをしたこともあります。



ゆずの北川悠仁くんとは、デビュー前ですが、彼が結婚式を挙げた神社でとなりに寝たり、一緒に風呂とかも入ってましたよ。



なのに、今のワタクシはアイドルが気になって仕方がないのです。



もちろん、レベルの低いのは「即却下!」なのですが、なんか「金の卵」を見つけたいという気があるのでしょうかね~?



そうそう、プロインタビュアーの吉田豪さんが言ってました。



「アイドル戦国時代はもう終わった。AKBの影響で雨後の筍みたいにいろんなアイドルグループができたけど、今年からは事務所的にも本人たちの実力としても体力のないアイドルグループが淘汰される時期に入った」



まだ、それほどメジャーではないのかもしれませんが、BiSなんかはその典型で、ダイブとかライブパフォーマンスがアイドルではないレベルです。



ただ、BiSに関しては、事務所側が「ROCKだぜ!」みたいには言って欲しくないですね。



ももクロちゃんみたいに、怒髪天、氣志團、マーティー・フリードマンといった方々から、「あいつらはROCKだね~」と言われて、「いやいや~」というのがカッコイイかなって思います。



それに、SMAPの中居くんの番組で放送事故と騒がれた、神聖かまってちゃんのギターボーカル「の子」をもして、「やられた。負けた」と言わしめた高城れにちゃんは超天然だけど、超引っ込み思案だったれにちゃんを、そこまで弾けさせる力があるももクロちゃんってのがROCKなんですよ!



なんか、ROCKにこだわった書き方になってますが、ワタクシは公務員の息子であるにもかかわらず、父親の考え方に反発してきたという精神構造なので、いつの間にかROCK、PUNKに傾倒していってしまっているのです。



中学、高校時代からアバンギャルドな世界にはまっていったのも、そのせいかもしれません。



実際、鬱病で精神障害者認定すら受けている今現在の自分の人生はアバンギャルドになっていますが、まだ中学生、高校生だったり、未成年であったりというアイドルの女の子達が、自分の人生をかけて頑張っている姿にエールを送ってもらっている気がします。



微力ながらではありますが、本気には力を貸したいと思っています。

(CDやDVDを買うといったレベルですが。。。)



昨日見た夢の意味が、今わかった。

夢では、寝込んでいた俺がようやく起きて、部屋でぼーっとしていたようだ。

そうしたら、部屋のストーブの火が周りに移って、いくら消しても消えない。

家族を守るためにも、消さなきゃと焦って、必死になっていた。

いくら消しても火が移ってしまい、それでも必死になって消していた。



なんで、あんな夢を見たのかと不思議だった。

学生時代、特にユング心理学を勉強しようとしていた俺だから、夢に表されることに働きかける、無意識からの力の象徴があると理解しているから。

それを、先ほど見ていた「輪るピングドラム」の後半で、主題のキーを握る言葉を持つ、荻野目苹果の持つ、亡くなった姉の桃果の日記を、自らの身を焦がしてまで必死に守ろうとしている姿を見て、合点がいった。

このタイミングでかと。



結局、俺は今はこんな身ではあるが、3.11の1年を迎えて、今一度自分が守らなければいけない本当のものを自覚させられたのだ。


奇しくも、これから20年来の友人の母上が亡くなったので、その通夜に向かうところだった。

人が人として生きて、そして亡くなっていく。

自然界にしては当たり前のことだが、そういった事ごとに人は悲しみを覚える。

理不尽なことは当然のことながら、自然なことでさえも悲しみはつきまとう。

そういったことを、少しでも和らげたいと常々願っていたのだが、自分の辛さと、自分の想いと、世の中の出来事が、無意識レベルでリンクしていることを、今更ながら気づいたような気がした。

このタイミングなのかもしれない。

自分が、もう一歩踏み出すのは。

自分に何ができるのか、今一度見つめてみようと思ったのだった。




 国内外で反・脱原発集会が開かれた11日。「『原発いらない』の声は痛恨の思いを込めた福島県民の叫び。この声を全国の心ある人に届けるのは、県民の使命であり義務だ」。東京電力福島第1原発事故で、深刻な被害に苦しむ福島県で開かれた集会では、呼び掛け人代表の清水修二・福島大副学長がこう訴えた。未曽有の大災害が与えたショックは今も生々しく、各地で「原発反対」の声が上がった。(参加者数はいずれも主催者発表)

【東京電力は】社長が福島第1原発で謝罪 副社長「原因は想定外の津波」

 福島県郡山市の開成山野球場で開かれた「原発いらない! 3・11福島県民大集会」には、全国から約1万6000人が集結した。10代を代表し、県立あさか開成高2年、鈴木美穂さん(17)は「原発がなければ、被害に遭った人を助けに行けました。人の命も守れないのに、電力とか経済とかいっている場合ではないはずです」と訴えた。

 鈴木さんは小3からサッカーを始め、福島第1原発から約10キロにある県立富岡高に推薦入学。原発事故後、避難を繰り返し、転校後も女子サッカー部に入ったが、昨年末に退部を申し出た。「富岡は部員が減っているのに、転校してサッカーをすることは仲間を裏切る行為」と思えたからだ。やり切れない思いを、鈴木さんはこの日の集会で吐き出した。「(昨年の)3月11日の朝、晴れていて、いつものような一日が始まろうとしていました。その日常に戻ることはできません」

 東京、大阪、札幌、福岡でも大規模な集会やデモ行進があった。

 東京都千代田区の日比谷公園周辺では、原発に反対する「3・11東京大行進」に約1万人が集まった。親子連れらが「子供を守ろう」などと書いたプラカードを掲げ、東京電力本店や経済産業省の前を行進。墨田区の石井啓子さん(61)は「原発推進の流れを作ってしまったのは私たち団塊の世代。若い人たちのために再稼働はおかしいと言い続けたい」。大阪市では約7000人が参加。集会では福島県飯舘(いいたて)村から県内の仮設住宅に避難中の酪農家が講演し「事故を風化させてはならない」と訴えた。札幌市や福岡市でもデモが行われた。

 全国最多の14基の原発が立地する福井県の敦賀市では、集会に約1200人が参加し、元原発労働者ら約15人が「原発のない未来に向かって進めていこう」などと訴えた。被爆地・広島市では、市民ら約2000人が「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・フクシマ、ノーモア・ヒバクシャ」と声を上げて歩いた。

 脱原発を求める声は海外でも響いた。

 昨年12月に原発建設候補地に選定された韓国東部の江原道(カンウォンド)三陟(サムチョク)市では、市民ら約1000人が建設反対集会を開いた。主催した「誘致白紙化闘争委員会」の李光雨(イ・グァンウ)さんは「フクシマ事故があってもまだ原発は安全だと言う政府には、憤りの気持ちでいっぱいだ」と話した。台北市では若い世代を中心に約3000人が「人類は原発を制御できない」と声を上げた。フランスでも、約230キロ間で脱原発を訴える「人間の鎖」運動が行われ、仏国内から100団体、数千人が参加した。





人間の現在の技力で制御できないものを産業に使うなんて無理。


それを使えるなんて考えるのは不遜というものです。


子孫に負の遺産を残さないためににも、即刻やめるべきとおもうのですが。





1年前の未曾有の自然災害。

人類にどんなにテクノロジーがあっても、それを上まわるのが自然。

だと、俺は思っています。

だからこそ、人間は自然と如何に共存していけるのかを考えなくてはいけない。

今日は、TVも震災関係のテーマばかりだったけど、ひとつ思いました。

アメリカ。

正直、自己中心的な国民の集まりで好きではないというのがこれまでの思い。

でも、そのアメリカが、中東というアメリカ的には最重要だった地域を押して、日本の災害支援に駆けつけてくれていたってこと。

そして、U.S.セーラーたちが放射能の危険性をおして、自ら選択して被災地を救おうとしてくれたこと。

これは、何ものにも代えがたい想いです。

ありがとう。

日本の震災のために、自らの危険性すらも顧みず救援に立ち上がってくれた戦士たち。

俺は、アメリカ人を侮っていたのかもしれない。

お前たち(失礼な言い方ですが)は、火の玉、特攻、という気持ちでの想いは理解できない、自分の家族や友人を守ることだけしかできない、大きく言えば小さなコミュニティしか守れない利己主義者だと思っていました。

俺は、決して、火の玉、特攻が正しいとは思ってはいないのですが、その心持ちです。

今でも、大東亜共栄圏という考え方は、当時の東アジアにとっては正しいと思っています。

それほどアジアは、欧米に対して劣悪な状況だったのですから。

だからこそなのですがね。



今回のドキュメンタリー? の部分は、俺の想像を超えてました。

今回のアメリカ軍人は違いましたね。

任務を超えて、救けたいという心持ちなのです。

俺だって、家族を守れるならば、自分の命なんていらないですから。



武士道とは死ぬことと見つけたり。



自分が死んでも守りたい人を守れるなら、自分の命なんて惜しくありません。

そんな気持ちは常に持っています。

家族だけではないですよ。

守りたい人というのは、あちこちにいますから。

そう。自分の愛する地域、国を守るためならって。



でも、アメリカに関しては、その考え方を、一部改めなきゃいけない時が来たようです。

同盟国ではあるにせよ、基地が日本にあるにせよ、それ以上に地域住民に関わってくれて、尽くしてくれて、みんなに生きる力を支えてくれた。

本当にありがとう。

ここまでアメリカに感謝したことはないです。

本当の心の友人になりましょう。

I hope real friends. Dear My Sweet Americans.


…英語合ってるかな?





そして、今も震災地に暮らす人たち。

被災地から離れて暮らす東北の人たち。




あなたたちは一人じゃない。


支えているひとたちは世界にいる。

俺は、何も出来ないけれど、

連絡先も知らない知り合いが東北にいるけれど、

行動力も、財力も、何も無いけれど、

気持ちだけは、そこに向かっていると、

今一度感じてます。

少しでもたくさんの人たちが、幸せになれますように。

確か夕方6時くらいにベッドに入った。

そして0時ちょっと前に起きた。

腹が減って起きて、奥さんに

「食うものない?」

って聞いたらホカベンがあって一気に食った。

そして、すぐにベッドに入って寝た。

ウトウト~して寝たり起きたりして、

変な夢を見たりして、目が覚めても起き上がれないから

ずっとグダグダしていた。

変な寝汗をいっぱいかいた。

午後3時過ぎに汗でシャツやパジャマがびっしょり。

気持ち悪くて、起きてお風呂に入った。

ちょこっとだけ近所のスーパーに買い物行った。

めちゃいけ見て面白かった。

漫画読んだが、そろそろ老眼が来ているようで、本を読むのが辛い。

メガネ変えなきゃ。まだ、40代半ばなのに。

最近、うまくいってなかった息子と少しだけ仲が良くなった。

これはイイこと。

明日も、いい日でありますように。