皆さんこんにちは爆笑

今日は妊婦生活最大イベントになりそうなこの里帰り旅行の一部を記していきたいと思います。


20年振りのインドネシア🇮🇩

自分が産後間も無い時から高校生までを過ごした国。

20年経って、今度は親として、3人の子供とお腹の中に1人連れてやってきた。


紙幣が変わっていたり、走ってる車が変化してたりと色々変わったものはあったが、ここに来て私が改めてこの国の魅力の一つと感じたのが tidak apa apa 精神。 tidak apa apa とは、「問題ない」という意味になりますが、本当ここの人の大らかな心に改めて気付かされる毎日が続いている。

もちろん生活していた時に時間に遅れても tidak apa apa と言われ、 は?こんなに遅れて?ムキームキーとって思ったこともあったけど、今回は特に子供に対してみんなの心の広さに感心している。


飛行機の中、2歳半のおちょぼを連れていた私だけど、食事をすまして少しして、おちょぼが吐いたガーン 嘘でしょ⁉️ってパニックスイッチが入る私。借りてたヘッドホンもブランケットも枕も汚れ、私はお腹大きくてなかなか動けないし、おちょぼはびっくりして泣くし… 泣きたいのは私だよーーえーんえーんと思いながらコールボタンを押して、「すみません、子供が吐いちゃった」とふっと思い出したインドネシア語で伝える。すると客室乗務員は大量のウェットティッシュとエチケット袋、大きな透明な袋だけ私に託し、去っていってしまった。その時の私は、人々が「冷たい」と思っていた。


それからなんとか無事に着陸🛬

降りる際に客室乗務員が、「もう大丈夫?」と声をかけてくれた。大丈夫、すみませんでした、と頭を下げると笑顔で懐かしい言葉が発せられた。「tidak apa apa 」

私は物品を色々ダメにしてしまった罪悪感があったものの、そのことをうまく謝る言葉が出てこず、ごめんなさい、とだけ頭を下げて飛行機を後にした。


それから🇮🇩で過ごして数日。tidak apa apa をよく耳にする。

レストランに行くも、広さに興奮して席を降りて駆け回る おちょぼ と おかっぱ。 座りなさい!と怒る私を見て店員さんが tidak apa apa と言い、2人を連れて別の席に座らせ、裏紙で折り紙を始めた。驚き驚きそんな… と思いながら私がそっちをマ 見ると、別の店員さんが、 tidak apa apa. どうぞご飯を食べてください、と言ってくれた。お陰で贅沢なことに、両親と私と おてての4人で静かにご飯を食べられた。

それからもショッピングモールで違う人のキャリーに手を出し押しまわした おちょぼに私が こらっムキーと言うと お姉さんば笑顔で tidak apa apa かわいいお顔🩷 と言ってほっぺをぺぺっと触って去っていった。


お祭りでは迎えにいた3歳くらいの子供がビニール袋に入ったジュースを飲んでいたが、突然袋をプシュッ!と潰し、ジュースをかぶった。私だったら怒っても仕方ないの分かっていながらもピーピー怒りそうなところだったが、一緒にいた大人は あーあーtidak apa apa すぐ乾くから、と言って騒ぎは10秒でおさまった。ウェットティッシュを差し出したら tidak apa apa ありがとう、でもすぐ乾くから! と笑いながら返してきた。すごいおねがい 私だったら怒りながら拭いたり、着替えを出そうとしたり、周りにぺこぺこしたりしてパニックになってる… 


また別のレストランではセルフサービスの水のタンクが珍しく、悪ガキ おちょぼは コップが水が溢れ出るのをニヤニヤ見ながら水を出した。 こらっ!ムキームキームキー と言う私に対してオーナーは tidak apa apa まだ子供だもん、と言い、さっさと床を拭きあげて仕事に戻った。 懲りないおちょぼは、 またまたタンクの水のスイッチをいじり、また水をじゃーガーン 言葉を失いながら駆けつける私の後ろに来たオーナーは tidak apa apa 大丈夫ですよー と今度は日本語でまで言ってくれた。


知り合いの車に乗せてもらうも、チャイルドシートなんぞ無いこの国だから おちょぼも おかっぱも大興奮。座席の上を靴を履いたまま歩いたりし、靴跡があちこち… 降りる際にウェットティッシュで拭こうとした私を見て、 tidak apa apa 私がやるから大丈夫です。ほら、すぐにきれいになるよ。 と。


そして私はふっと、行きの飛行機の客室乗務員達の行動を思い出した。

それはきっと、 冷たいのでなく、 大袈裟にしない、tidak apa apa の意思表示だったのだろう。


せっかくの旅行だし、私も少し tidak apa apa の気持ちを真似て、あまり怒らないで過ごす時間をつくろうと思った。