りんごの別宅 -9ページ目

りんごの別宅

りんごの別宅です。

残念ながら?なのか
メインボーカルを失うグループを2つも見てきた私は
ここ最近、森くんの時のことをよく考えている。

ジャイアンツの仁志選手から借りたというユニフォームで会見に現れた中居さんと
晴れ晴れとした表情の森くんの会見は
終始前向きで、まるで漫才みたいに笑いに包まれていた。
一人で会見させなかった中居さん。
取材陣のどんな質問もお笑いにおさめることで全力で森くんを守った。
脱退ってそんな陽気なことではないと思うんだけど…と
そんな会見を見て泣いてしまったけれど
森くんのことを裏切り者だとか、そんな気持ちにはならなかった。

今思うと、どうしてなんだろうなんだけど。

森くんとの最後のスマスマは、7回目のスマスマで
まさかまさか、この番組が20年も続く番組になるなんて誰も思わなかったと思う。
ビストロSMAPには桃井かおりさんがいらして
初回からMCだった慎吾さんも料理に挑戦して
中居さん曰く『獅子丸のエサ』を作って当然負けた。
まだ、その慎吾さんがデザートキングになることなんて考えなかった頃。
たしかビストロSMAPは、料理上手な森くんをターゲットに作られたコーナーだったはず。
そのぐらい、グループや番組での彼の期待値は高かったと今も思う。

最後のスマスマの日、歌のコーナーの途中から中居さんは泣いて泣いて歌どころじゃなくなって
ほかのメンバーも涙をぬぐいながら
それでも5人はひとりひとり、森くんのこれからを応援したいと語った。
みんな森くんが大好きだった。

それきり、SMAPの番組で森くんが語られることはなかったし
音楽番組でも森くんの映像が流れることはなかった。
オトナの事情ってやつかしら???




月日は流れ2011年、あの震災の後の生放送番組で
俺らの危機って…と、森くんの話がぽろっと語られた。
スタジオがざわついた。
どさくさやりやがったw
そこから、少しずつ森くんの話が出てきて
追いかけるように、事務所は森くんとSMAPを守るために一切触れない約束を交わしたと週刊誌?で読んだ。
ま、ここらへんはWho knows?ではある。

森くんの今は森くんの頑張り。
一部とはいえSMAPと森くんが再び同じ画面に現れるようになったのは
森くんがこの20年、自分の夢を貫いて今も第一線にいるからこそ。
まあ一方で、事務所を辞めたから同じ画角に映れたという皮肉なできごとでもある。



今まさにグループを去ろうとしているメインボーカルの彼は
いつか、あんまりすぐだと余計に悲しくなるので遠いいつか
同じステージに立ったり、同じ番組に出たりできるのかなあ。
それは難しいことですか?🐑さん?
社長さん?

彼がグループのために作った曲も
グループが彼と共に歌った曲も
なんの制約もなく歌い続けられますように。 
心の整理はまだできていないけれど
それだけは強く願ってしまう。













「もう一回どーんと出血きますから」と
おじいちゃんドクターに断言されてしまった。

あー😩
もしも、SMAPが解散しないで
もしも、3人が事務所を去らないで
もしも、◯春誌が🐏さんにインタビューしなかったら
SMAPは今も5人だっただろうか。

それでも
FNSの彼らのパフォーマンスの時には先輩がみんな引き連れていなくなってしまっていたし
派閥は誰がみてもあきらかだったし
解散の報道以降、引退だの裏切りだの悪意満載の記事だらけだったし
やっぱり、そこを去る以外の道しかなかったのかなと思う。
残っても消されていたのかな、とやはり思う。



このことと重ね合わせているわけではないのだけど。



もしも、すばるくんが夢を押し殺していたら
もしも、6人がすばるくんの夢に寄り添うから居てくれと頭を下げて
それをすばるくんが受け入れていたら
もしも、すばるくんが退所すると宣言しなかったら
私達はずっと7人の唄を聞けて
ずっとずっとずーっと、7人の唄を聞けていたのだろうか?

私は、やはり無理だったのかなあと思ってしまう。
どんなに引き止めても、彼は結局出て行ってしまったのかなと思う。
来年以降、心のどこかに小さな棘のような傷みを抱えてでも
やっぱり彼は自分のやりたいことをやろうとしたのかなと思う。
それは、例えば家族なら、親友なら、やはり私も応援しようとしたのかなと思う。


なのに、それはエイトではできないことだったの?
本当にそうだったの?と
答えの出ないことばかりぐるぐるぐるぐる心の中で問いかけて
何度も何度も悲しくなる。

前にも書いたけど
長い間、私達が見たい形でアイドルが存在し続けていてくれるとは限らない。

そんなことを再び実感したあの記者会見だった。