どうも。初投稿になります。
作詞家のMEMENTOと申します。
今日からこうやってブログを書かせていただくことになりました。どうぞよろしく。

はい。では、本題に移らせていただきます。

作詞家というのは皆さんご存じの通り、
詞を書いて作曲家さんなどに提供するというのが仕事です。
そこそこ稼げます(そこじゃない)

僕たち作詞家はもちろん、作曲家だって意見を揃えないと一つの曲というのは出来上がりません。これは複数でしている動画投稿者もそこいらの会社も意見を揃えるのは同じですけどね。

ここから、『人』という大きな規模で考えます。

僕なりに人として一番大事なのは、
『協調性』だと言えます。

協調性とは、他人と上手く協力し合える素質の事を指します。いわば、助け合えるかどうか、ってことです。
人は協力して今という現代を築き上げてきました。近年ではVRや、AIなどの高度なテクノロジーも開発されています。すごいですよね。

でもこれは全て、人と人とが意見を並べ、
1つに絞り、その段階で仕上げることができたからこそ完成した事です。
一人の意見が食い違えば、そこから人は砂で作った城のように、一つ手を翳すだけでバラバラに崩れ去ってしまいます。
これが協調性の有無に関わってきます。

では逆に一人一人が意見を合わせるとどうなるか。もう分かりますよね。

見事、一つの事を全員が一致し成し遂げることができます。
何一つずれのない完璧な城へと完成するわけです。

なので、『誰かに合わせる』という精神もこれからの社会を生きる僕達にとって、大切なものではないかと考えます。
意見が食い違えば、問題が発生してしまう。
一つの事が皆と成し遂げられない半人前の大人が
作り上げられてしまう。
そんな恐ろしいことにはなりたくないですね。


しかし、ここまで協調性について語っていましたが、必ずしも他人に合わせる必要はありません。
場合によって自分の意見を言わなければいけないのが人間ですから。協調性が必ずしも続けておけとは言いません。

『独立性』という言葉があります。
独立性とは、協調性とは反対に、周りの意見を俯瞰し、自分の考えを持てる素質という意味です。

いわば、言いたいことがはっきり言える人とかがこの一例です。素晴らしい。
(時に失言を吐くこともあるが)

物事を俯瞰し、自分の言いたいことを言う、というのには人間、勇気が要ります。
皆の前で発表するのが苦手な方もいると思います。しかし、そこで諦めず発言できるかどうか、
イエスマンのままいるのか、
そこが協調性と独立性の違いです。


ここではみんなに合わせないと。
しかし自分の意見も通してほしい。
でも皆と合わせなきゃ後で痛い目を見る。
ここはみんなに合わせておこう。

この考えは社会では必要になってくるが、
ずっとこのままでは心体も持たないと思います。

そんなときは、協調性なんて捨てて、
自分の言いたいことをぶつければいいです。
皆が皆、君を反対するような人間ではないですから。時折、その意見を尊重する人も現れるはず。
周りに惑わされず、独立性を持つことも大事です。

このように、変で伝わりにくい文章で二つの性質について話してきましたが、僕が結局何が伝えたいかというと、この二つの思考を時に使い分けて生きろ、ということです。

他人に惑わされない程度で人に協力し、
自分の決めた意見を尊重できる人になりましょうね。

おわり