すっかり真っ暗になった街に花のように咲くネオンに背を向け、家へと急いだ。
足取りは重い。気分だって晴れない。
遊び呆けて挙げ句の果てに涙跡をつけ、家に帰るなんて、プライドもボロボロで、到底できなかった。
他にどこに居場所がある?ホテルでも取ろうか。でも、真夏のリゾート地となれば当日のホテルは取れないし、どうしようも出来ずにとりあえず海へと向かった。
ちょうど露店に人が集まりはじめ、星空のようにキラキラとランプを輝かせている。
露店の先には月明かりを跳ね返し、波打つ海が広がっていて、その波が視界に入った途端から、「ああ。もうどうでもいい」と考えてしまう。ぼーっと海を見るだけで、心が落ち着くのだ。
少し落ち着きを取り戻したところで、さっきの事を振り返り考える。
ロゼッタは私に大人の事情といった。
まるで幼い子供を宥めるように。
ロゼッタだってそんなに大人ぶれる歳ではないはず。
逆にロゼッタは大人の何を知っているの?
全身に何個もピアスを開けたら大人になるの?
ナイトクラブで踊り込んだら大人になるの?
私だってピアスなら空いてる。
ナイトクラブだって行った。
どこが違う?どこも違わない。
私の事をよく知りもしない人に大人だの子供だの言われる筋合いはないって。
さっきそう叫べばよかった。
なんでその言葉が出なかった?
ー自分の考えていた大人の像に自信が持てなくなったから
はっとした。自分は大人だって言い切れなかった理由。
それは自分の考えていた大人と現実で目にした大人の姿が違ったから。
私の知っている大人はもっと優しく愛を持って接してくれて、自分の事より人を優先して、人が嫌がることは絶対にしなくて、誰もが暖かさを持って癒してくれる存在だった。
でも、現実で目にしたのは、自分の欲に溺れ、他人になんか見向きもせず、自分を過信して自惚れた人間ばかりだった。
大人の動かす世の中が汚いのは、それを動かす大人が汚いからだ。
そんな言葉まで浮かんだほどに現実の大人は汚かった。
私が「自分は大人だ」って断言できなかったのは、「自分はそんなに汚くない」と考えていたから。
自分は汚くないと言い切ったら自分は大人じゃなくなった。
じゃあどうすればいい?
大人になりたい私はもっと汚くなればいい?
今のままじゃ綺麗すぎる?
なら、もっと汚くなればいい。
ロゼッタを見返せるほどの大人になる。
子供だから難しいって前に突っ返されないような大人になる。
汚れれば、大人になれるから。