私はいわゆる、繊細、そしてエンパス体質であるらしいと50歳を過ぎた今やっと分かった。そういうカテゴリー(名前)があるとは考えたことがなかった。それに名前があるということは、きっとそういう人は私だけではないということがわかったことに、何より安心した。今気づけて本当によかった。『私は変なんだ。きっと気のせい。証拠もないのにどうしてそう思う?』という自分が感じることを否定しなくて済む。以前からそういう知識があれば、私の人生はどんなにもっと楽だったのだろうと思うことがある…でも今ここで分かったということが私にとっては絶妙なタイミングだったのかもしれない。

 

私はその場の雰囲気やエネルギーを感じてしまう。幸せな人たちが集まる所では、私も幸せな気分になれる。でも機嫌の悪い人が集まる所では、私はスポンジの如く、見事にそのエネルギーを吸い取って、私までなぜか気分がイライラしたり、落ち込んだり、悲しくなったりしてしまう。しまいにはそれが私自身の感情なのか、他の人の感情なのか区別がつかなくなり、何より重いものが押し乗っている気分になってしまう。

 

実は私の身近にそういう人がいる。何を隠そう私の義母である。彼女は自分にも厳しいが、周りの人にもかなり厳しい。いつも眉間にシワを寄せ、『〜しなければいけない、こうでなくてはならない』とイライラしながら彼女のやり方を押し通す。決して悪い人ではないが、私はそばにいるだけでかなりのエネルギーを吸い取られてしまう。そして、彼女の口調や語尾、そして声のトーンで全てがわかってしまう。感じとってしまうのだ。もちろん、彼女が求めるように動いて行動し、意見を合わせている私本人は、そんな自分の行動に気づいていない。だって、これは私が育ってきた家庭で培ってきたサバイバルスキルでもあるからだ。認めてもらいたい、好きになってもらいたいという、自分軸ではなく、他人軸を優先にしてしまう。そんな理由から、いつも彼女の家からの帰り道では、異常なまでの疲れと憂鬱な気分になっていた。きっと英語環境だし、緊張しているんだな、と今までは自分で自分に言い聞かせてきた。そこでなんで緊張するのか?なぜ人が放すエネルギーを感じてしまうのか?などと考えたことがなかった。

 

私はこの人生のターニングポイントで本当の自分を理解しはじめている。ここへたどり着くまで時間がかかった。でも、昔があっての今がある。不思議なことに、私は若い頃に戻りたいなんて一度も思ったことがない。あの時が過ぎてくれてよかったと思う。2021年、54歳。繊細でエンパス体質の私をそのまま認め、私自身で生きていこうと決めた。今が一番幸せだと思う。