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コーキのテキトーク

「映画・芸能・時事ネタ」なんでも気になることを、テキトーク!


「この船に乗らないわけにはいかない」



そんな言葉を連発していた俳優・香川照之。



コーキのテキトーク
■ 香川照之(45)



いまや映画界、テレビ界では欠かせない存在の役者となった。




歌舞伎役者の長男として生まれた彼にとって、歌舞伎俳優として家業を継がなかった、




いや継げなかったことは、しこりとして心のどこかにあったのだろうか?




NHKの番組「ラストデイズ」の中で、香川自身が松田優作の出自を探りながら、




優作ゆかりの地を訪ねていた。




コーキのテキトーク


番組は、優作が亡くなる前にボソリと、香川に言った言葉がキーワードとなり謎を解明していく。




1989年10月に放送した「華麗なる追跡」で、優作と香川は初共演した。




当時、まだまったくの無名だった香川に対し、すでにスーパースターだった優作は、




こんなことを言った。




「おまえは、オレになれる」




優作が放ったこの言葉には、どんな意味が込められていたのだろうか?




いまとなっては、知る由もないが・・・




優作は、この言葉を遺し、数ヵ月後この世を去る。




「ラストデイズ」の中では、香川自身が優作の生家がある山口県下関を訪ねる。




優作は、在日韓国人の母と日本人の父の間に生まれたが、父を知らず私生児として育った。




香川自身も父から、「あなたは、わたしの子供ではない」と言われたこともあり、




優作の境遇と自分を重ね合わせる。




お互いの出自は似ているが、優作が遺した言葉の意味は、それとは関係なさそうだ。




松田優作という役者は、命に関わる病気であることにも関わらず、病をおして、ハリウッド進出を果たした。




映画は完成したが、治療よりも役者の道を全うした優作は、映画公開から1ヶ月ほどでこの世を去る。




香川は、自問自答する。


「もし自分が同じ立場だったら、役者としてどっちの道を選ぶだろうか?」




先日、香川は歌舞伎役者としての道を歩むことを決意表明した。




45歳にして俳優から歌舞伎役者を志すというのは、どんな心境だろうか?




もしかして、優作が放ったあの言葉は、どんな困難にも立ち向かっていける役者に、




おまえはなれるという意味だったのだろうか?




今回、香川が決意した姿をみていると、そんな風に思えてくる。




「あんたは、わたしの子供じゃない」と、父である市川猿之助に言われ、その後絶縁状態となったが、




今年から親子で同居しているらしい。




そんな言葉を言われても、親を許し、親の家業を継ぐというのも、親子だけにしか分からない血のつながり




というものなのだろう。




市川猿之助が、子供として認知していてたら、香川は歌舞伎役者としての道を、幼きころから




進んでいただろう。




まもなく46歳になる歌舞伎役者の香川照之の初舞台見てみたいものだ。