最近あった事を書きたいと思います。毒づきたいわけではないです。
先日、親子関係プログラムの講座を受けました。シンプルで且つわかりやすく実践しやすいとの前振りに『これなら私の悩みも解消されるのでは?』とかなりの期待を胸に参加しました。
会は参加者同士の自己紹介から始まり、この会での目標や目指すところの確認を全体で行なった後進められました。
この流れの作り方(共通認識を最初に持った上で進むやり方)は、とても良いと思ったので、私が何かやるときは取り入れてみたいと思った。
がしかし、私はすでにこの目標の確認の時点で違和感というか自分の「ここじゃない」という何かを感じていた。
なぜならその会の・・・もっと言うとその心理学の目指す形が「子どもにとって、子どもが自分で自分に能力があると思える」と言う心理的な成長等だったため。
言い換えると、親の言動が変われば子どものためになって子どもの成長に良いよ、と言う内容であると私は認識した。
ほめず叱らず“勇気づける“が大前提なんだから、そりゃそうだろうけど。
そこでの私はずっとザワザワした。居心地の悪さがずっと拭えなかった。
講師があれこれ話して参加者も自分の子育てでの体験に照らし合わせて発言していくんだけど、結局講師がこう言う流れにしたいんでしょう・・・と私は白けた態度を隠すのに必死だった。
例えば、子どもの話は心と身体を子どもに向けて関心を持って聞きましょう・・・と言う項目があったんだけど、私からするとそんなの当たり前でそうした方がいいとわかっているのに出来ない自分がいるから苦しんでいるの。そのブロックの理由が知りたかった。
なのに参加者さんと講師で「子どもの話を、ちゃんと向き合って聞いたほうが良かった」「今度からそうやって聞こうと思う」とクソ真面目にやり取りする姿を眺めて、こんなふうに擦れた考えしかできない私はやっぱり荒んでいるのかな・・・と一人で落ち込んだりもした。
あぁやっぱりここでも私の悩みの答えは出なかったのかと残念な気持ちにもなった。
でも気づきももちろんあった。私の子育ての悩みは、もちろん他の多くのお母さんたちと同じような共通な悩みもあるのだろうけど、もっと奥深くに何か自分の中で納得できない部分があるのだろうな、と。そして今回の講座のおかげで「なぜ私はそんな風に聞いて貰った記憶がないのに、自分の子どもにはそうしなければならないのだろう」と思っている自分も知った。
子どもを愛していないのか?と不安に思ったけど、そうじゃなくて、以前知人が教えてくれた「経験していないんだね」が凄く当てはまる。私はして貰ってなくて幼心に寂しかったのに、母親になったら当然それを求められても戸惑い、苦しいんだって。
子育て講座を受けたら「子育てごっこ」をしているみたいに感じる。
もちろんその講座や思想で救われる方も沢山いるでしょう。私に“今“必要な講座じゃなかっただけ。
一番私の心を揺さぶられたのは「そうすることで、子どもはお母さんが自分の味方だ、と安心できますか?」と言う問いだったように思う。
あぁ、そうか・・・。私は母親や父親を自分の味方だと思ったことがなかった。周りはみんな敵で、いつか私は騙されたり傷つけられたりするかもしれないと思っていたのかもしれない。だからいつも不安で人が怖くてコントロールするかされるかどちらかの関係しかなかったんだ。
ここにもまた私の何かしらのブロックがある。
私は私を解放したいわけだけど、この歪んだ何か?をどうしたら良いのかわからないって話。