3年が経ちました。
私の話は震災とは関係ないのだけれど、あの日の話。


柊の命日、四季の誕生日。
私にとっては、二つの大きな出来事を私はその日に知ることが出来なかった。


長らく柊の話題には、触れて来なかったのだけど、色々と落ち着きだしてからは多少ね。


元々、身体が強い方ではなくて最後の頃には大事をとって車イスでの生活をしていました。

出逢ったのは、大学2年生の頃。その頃に少しの間だけ所属していた会社の社員さん。
短大を出て社会人2年目かな?

私とは対称的な誰かに嫌われるような事は殆どないタイプ。


なんで惚れたかは、未だによくわかんない。
でもね、先手を打たれたのw

この話は今までしたことないか。
ふわっとしてて、マイペースなんだけど、ばっちり主導権を取られてたのかもしれない……と今思った。

まぁ、年上だし…いいじゃんか。

大学を卒業したら結婚する予定だったの。
うん…家族は一切知らなかっただろうけどね。

もちろん、当時の所属してたRDの友人たちも。

最後の最後くらいまで、姉も知らなくて、後々の事もあって姉と果苗に話した以外はRD関係では知らなかったかな。

それ以外は、多分ここ一年くらい?まで知らなかったはず。


当時の私の事を知ってる人からすると幾つか疑問があるだろうけれど、RDと柊の実家の都合もあってね…。

正直に言えば利用してた。まぁ…私はそういう汚い手を使う人間ですから。


柊が亡くなったのは、2011年3月11日。
その日、私は静岡に戻っていて、高校の頃からバイトにたまに行っていた会社で、あの地震にあいました。
もちろん現地と比べれば大した揺れではなかったし、直接的な被害にあった方は殆どいませんでした。当時、福島に住んでいた友人を含めてね。


あの日は、バタバタしていて、繋がりにくい電波を駆使して色んな方から連絡をいただいたり、情報をさらったりしながら早めに布団に入りました。


だから夜中に入った連絡も地震関連だろうと思って、次の日に電話をいれればいいかと思ってた。


それが最後だったのにね。

その事実を知ったのは、しばらく経ってからだったから、お葬式にも出れなかったんだよね。


タイミングが少しずれていたら、あの子に何かしてあげられたのかな…とは思うけど、ね。



今更になって、こういう話をしてるのは、ようやく柊との約束を果たせそうだから。

2年もかかったけどね。


人生に偶然はないと思ってるから、去年の出逢いもグダグダ悩んでた事も意味があったのかなー、と。

方向性は少し変わったけれど、またこの道に戻って来てしまった。


忘れる事はないんだろうけど、忘れなくてもいいと言ってくれる人が今は一緒にいるから、出来るだけ振り返らずに先に進むしかないのです。


そして、長らく付き合って来た名前、この名前とも今日でお別れしようかな、と。
実際、去年7月7日から殆ど使わなくなっていたのですが。

あの子と一緒に死んだのだと、私が殺してしまったのだと思っているのでね。

名前は呼ぶ人がいなくなったら死ぬものだと思っていたけど、自分で終わらせてしまうのも一興かな、と。


なので、こっちで更新するのは最後になります。
もう一つの名前で同じくアメブロで書いておりますので、よろしくです。