オリックスバッファローズの主力選手だった
北川博敏(40)が本日で引退した。兵庫県出身で埼玉・志木育ち。
大宮東高校から日大へ進学。日米大学野球選手権の
日本代表にも2度選出。
1994年のドラフト2位で阪神に入団しました。常に笑顔を絶やさない明るい性格。
当時、甲子園や鳴尾浜でその笑顔を見てました。
1年目のジュニアオールスターでMVPも獲得するなど
活躍が期待されてましたが、関川浩一と矢野輝弘の
2枚看板が阪神の当時のキャッチャーでした。
更には野村監督就任後は息子のカツノリが入団して、
益々出場機会に恵まれなくなってしまいました。
その年のオフに湯舟敏郎、山崎一玄と共に
近鉄バッファローズにトレードされました。当時の梨田監督に認められ1軍定着。
その年の9月、対オリックス戦の9回裏無死満塁、
日本プロ野球史上初となる
「代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームラン」を放って
12年ぶり4度目のパ・リーグ優勝に貢献しました。
阪神時代から三振が少なく勝負強い選手でしたが、
今でも語り伝えられるでっかい仕事をしました。
その3年後位から打撃を生かすために内野手に転向。
その年に近鉄の合併問題で楽天との分配ドラフトで
オリックスに所属しました。
開幕からスタメンに定着して活躍しましたが
年齢が上がるにつれ怪我も多くなり、若手や
外国人選手にポジションを奪われ、DHでの
出場が中心となってしまいました。
そして昨年6月、左足アキレス腱断裂の大怪我。
残りのシーズンを棒に振ってしまいました。
球団から来シーズンの戦力外通告を受けて
本日の対西武戦が引退試合となりました。
もし阪神に残っていたら、まずこの年まで
プレーすることは無かったでしょう。
彼にとっては近鉄へのトレードがまさしく、
人生のターニングポイントだったと思います。
プロに入った頃の北川を生で見ているだけに
もう、40歳になったんだって感じました。
北川選手、18年間本当にお疲れ様でした。
北川博敏(40)が本日で引退した。兵庫県出身で埼玉・志木育ち。
大宮東高校から日大へ進学。日米大学野球選手権の
日本代表にも2度選出。
1994年のドラフト2位で阪神に入団しました。常に笑顔を絶やさない明るい性格。

当時、甲子園や鳴尾浜でその笑顔を見てました。
1年目のジュニアオールスターでMVPも獲得するなど
活躍が期待されてましたが、関川浩一と矢野輝弘の
2枚看板が阪神の当時のキャッチャーでした。
更には野村監督就任後は息子のカツノリが入団して、
益々出場機会に恵まれなくなってしまいました。
その年のオフに湯舟敏郎、山崎一玄と共に
近鉄バッファローズにトレードされました。当時の梨田監督に認められ1軍定着。
その年の9月、対オリックス戦の9回裏無死満塁、
日本プロ野球史上初となる
「代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームラン」を放って
12年ぶり4度目のパ・リーグ優勝に貢献しました。
阪神時代から三振が少なく勝負強い選手でしたが、
今でも語り伝えられるでっかい仕事をしました。
その3年後位から打撃を生かすために内野手に転向。
その年に近鉄の合併問題で楽天との分配ドラフトで
オリックスに所属しました。
開幕からスタメンに定着して活躍しましたが
年齢が上がるにつれ怪我も多くなり、若手や
外国人選手にポジションを奪われ、DHでの
出場が中心となってしまいました。
そして昨年6月、左足アキレス腱断裂の大怪我。
残りのシーズンを棒に振ってしまいました。
球団から来シーズンの戦力外通告を受けて
本日の対西武戦が引退試合となりました。
もし阪神に残っていたら、まずこの年まで
プレーすることは無かったでしょう。
彼にとっては近鉄へのトレードがまさしく、
人生のターニングポイントだったと思います。
プロに入った頃の北川を生で見ているだけに
もう、40歳になったんだって感じました。
北川選手、18年間本当にお疲れ様でした。









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