1982年2月8日に発生したホテルニュージャパン火災のことを覚えている方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか。
当時、私は消防士1年目の冬を不安と期待が微妙に入り交じった時間を過ごしていたと思います。
技術の向上を目指してひたすら訓練を重ね、疲れ切った身体を仮眠ベッドに横たえていたとき、隣の食堂が騒がしいことに気づきました。目をこすりながら扉を開けると、先輩たちがテレビを食い入るように見つめています。
窓という窓から炎が噴き出し、建物の上層部を包み込もうとしているのです。
その建物がホテルニュージャパンでした。

それから33年の月日が流れ、元消防士として消防監修を務めていた私のもとに、ある仕事の依頼が届きました。
『奇跡体験!アンビリーバボー』という番組で、ホテルニュージャパン火災の再現ドラマを企画しており、出演者の演技指導が求められたのでした。
そのときは特別な思いを抱くこともなく、撮影現場となった都内のホテルに向かいました。
営業中であるにもかかわらず、ドラマのロケを受け入れるなんて、何て太っ腹なホテルなんだろうと思いながらエントランスを抜け、撮影準備をしていた女性スタッフに「監修の永山です」と声を掛けたのですが、
彼女は「かんしゅう、ですか?」と首を傾げるのです。
当時は監修者として駆け出しの時期だったので、顔見知りのスタッフもごく僅かでしたし、現場に入るときの声掛けも、かなりぎこちなかったのでしょう。
しばらく考え込んでいた彼女でしたが、ふと思いついたような表情に変わり、「こちらで、お待ちくださいね」と大きな部屋に案内されたのです。
そこは、結婚式場に使うような大広間でした。大きな丸テーブルがいくつか置かれ、それを取り囲んで30人くらいの人が雑談をしています。

私はその端っこに腰掛け、呼ばれるのを待ったのですが、一向に声が掛かりません。
そればかりか、そこにいた人たちが順に呼ばれて部屋を出ていき、残っているのは私を入れて5人くらいになってしまったときです。
先ほどの女性スタッフが、男性スタッフと現れました。
「なんで50人にしなかったんだよ」
「十分だってプロデューサーが言ったから」
「他人のせいにすんな」
先輩らしき男性スタッフに怒られながら、彼女は私たちのところまで来ると、
「すぐに浴衣に着替えてください、大至急!」とまくしたてるのです。
座ったままの私にも同じように声が掛かりました。

「あの、私は監修の……」
「いや、今日は観衆でも観客でもなく、宿泊客ということでお願いしていますから、さあ、急いで」
「……」
オモチャをねだって店から連れ出される子供のようにして、私は更衣室に押し込められた挙句、浴衣1枚のあられもない姿でホテルの廊下に立たされたのです。

鈍い私でもようやく状況を飲み込めるようになりました。
宿泊客が逃げ惑うシーンを撮っていたところ、迫力が欠けるので人数を増やせと言う監督の指示で、撮影現場は混乱しているのです。
そして、そもそも私は監修ではなく、「観衆役のつもりで来たエキストラ」に間違えられていたのでした。
実は、私――と言い出せないほど現場は殺気立っていました。
頼まれたら断れないのが消防士という生き物。
考えてみれば、ここにいる人たちの中で、本当に逃げ惑う人間というものを実際に見た人間は、私一人だと思ったのです。
それならば――。
私なりにリアルさ満開の演技を展開しながら何カットか取り終わったとき、階段から防火服を纏った5人が姿を現したのです。
消防士役の人たちでした。
ヘルメットのサイズ調整ができていないらしく、だらしない被り方です。
何だ、それは……。
今置かれている立場も忘れて、彼らに歩み寄り、サイズ調整の仕方とか、被り方とかを指導し始めたのでした。
「へえ、詳しいんですね……」
隊長役の役者さんに言われて、我に返りました。
そしてようやく真実を打ち明ける時間がやってきたのです。
駆け付けたプロデューサーは平身低頭でした。

後々分かったのですが、監修者とは、スタッフから「先生」と呼ばれるくらい偉そうな人が多いそうです。そんな人をエキストラと間違えるなんて、切腹物だとのこと。
ただ、私は偉くもなく、偉そうにしたくもない人間なので、むしろ未知の体験ができて半ば興奮状態でした。
「人数足りないなら消防隊シーンの合間にでも参加しますよ」と言うと、
「冗談はやめてください」とプロデューサーは再び頭を下げたのです。
ようやく本業に戻った私は、消防隊が階段を駆け上がるシーンに臨みました。
機材の持ち方や足の運び方を指導し、何度かテストを繰り返したのですが、何かが足りません。
何だろう、それは……。
そう考え込んだとき、新人時代の記憶が蘇ってきたのです。
5人の役者さんに集まってもらい話を始めました。
この階段の先に何が待っているのか――
見たこともないような巨大な炎と助けを求める人々
生きて帰ることができるのだろうかという不安が過る
いや、そんな不安を抱くなんて消防士として失格だぞと、自分に言い聞かせ
冷静に、冷静にと、さらに言い聞かせる
そして、絶対に助けるぞという意欲が沸き上がっていく

そんな部下の心情を察し、隊長は思う
あせるな
こいつらにも大切な家族がいるんだ
不幸にしてたまるか
俺は守るんだ
要救助者の命も、隊員の命も、そして彼らの家族の未来も
真剣なまなざしで聴いてくれた5人の目つきが変わるのを私は感じました。
「本番」の声がかかります。
「よし、いくぞ!」と隊長
「おう!」と隊員が応えます。
そこには、33年前の消防隊が見事に再現されていました。

屋上から進入するシーン、煙の中で救出するシーン、フラッシュオーバー(爆発的な燃焼)に巻き込まれるシーンなど、
様々なシーンを無事撮り終えた頃は、すでに空が白み始めていました。
それ以来、多くの撮影現場を経験した私ですが、
あれほどリアルに再現できた消防隊に出会ったことはありません。
単に本物の所作をまねるのではなく、本物の心を理解することが、いかに重要なのかを学んだ作品でした。
こうして作られた番組は、2015年10月8日にフジテレビ系で放送されました。
もし録画をお持ちの方は、宿泊客が避難するシーンをじっくりとご覧になってください。
他の誰よりも恐怖におびえながら逃げ惑う人がいるはず。
おそらくそれが私だと思います。

