次女(3歳)が、平仮名を習得し始めました。
少し前までは、自分の名前も「パパだいすきだよ」も、全ての言葉を「++++++」で書いていたのに。
今ではいくつかの平仮名と、平仮名の幼虫みたいな文字を使ったコミュニケーションができるようになってきています。

贅沢な悩みだとは思うけれど、「++++++」の手紙が恋しい。

気持ちだけが込められた、可読性を持たない文章。
+の数と、なんとなくの形の違いから内容を読み解く楽しみ。

「パパだいすき」「はーと」「たのしかったね」

次女の「+」で書かれた手紙を読み解く能力は、次女の手紙を読み解くことにしか使えません。外国語の習得に活かせるわけでも、日本語の語彙が増えるわけでもない。他の幼児の書く象形文字も読めない。給与にも反映されない。
ただ、次女の「+」が読める。

次女にミルクを飲ませるコツ、泣かせずに頭を洗うルーティン。他に活かすことのできない、その割に習得困難だったスキル達。
「+」を読み解く能力も思い出側に回ってしまう日が来るのかと思いつつ、人間が文字を習得するという一生に一度の機会に立ち会える面白さを感じる日々です。


氏名を書くとき、苗字の三文字と名前の三文字でなんとなく「+」の強さが違うんだよね。