キンコンカンコーン、キンコンカンコーーーン…
午後の授業の開始を告げる鐘が校舎に響く。
各々が昼休みを惜しむように、周りの席の友人達と会話している。
俺はその騒音を子守唄にしながら、今まさに眠りの世界へと旅立とうとしていた。
「ユウ、これおもれーぞ!!お前も読めよ!!!」
容赦のないデカイ声が、強制的に俺を現実の世界へと引き戻した。
声の主は俺の前の席に座る、武矢 直洋(通称:タケヤン)。中学からのくされ縁で、一緒にいろいろバカやってる仲だが、こいつのこういうKYな所は、昔から俺をイラつかせる。
「……うるせぇよ。ねてんだろーがよ。」
「おうおう!!不機嫌だねえ~。まあ、そう言わずにさ、騙されたと思ってお前もコレ読んでみろって!!な?」
そう言って、タケヤンは俺の目の前に『NOSLEEVE』の単行本32巻が差し出してきた。
『NOSLEEVE』は週刊少年ホップスッテプで連載中の大人気漫画で、たしかテンガローハットを被った少年が山賊王を目指して冒険するみたいな話だったような気がするが、なぜこいつは、1巻すら読んだことのない俺にいきなり32巻を勧めてくるのだろうか…はっきり言って、頭がおかしいとしか思えない。
「あのなぁー…」
ガラガラッガラガラビシャン!!
「まったく、いつまで騒いでんだ!!!ここは小学校か!?あぁ??」
俺がいいかげんにキレようかと思ったとき、次の授業を受け持つ「ハゲ山田」が、殺人的口臭を振り撒きながらお決まりの嫌味と共に入ってきた。
「お、やべ!次ハゲ山田の授業じゃん!!あいつは漫画盗っからよー、また後でな!!」
タケヤンはごめ~んのポーズをとって、前を向くと、いそいそと漫画を鞄に入れた。
俺は怒りを通りこして呆れてしまったが、もはやこいつに何言ってもしかたがないかと思い、再び眠りの世界へと旅立っていった。
…どうせ、しばらくしたらハゲ山田から起こされんだろうなあ……あいつうぜえしなあ…
……しかし、昨日のバイトきつかったなあ
…………今日…晩飯なんだろ
そんな事を考えているうちに、俺はすっかり眠りの世界の住人になっていた。
…
………
…きゃっ
……きゃーーっ
正確な時間は分からないが、おそらく20分くらいたっただろうか…なにやら悲鳴のようなものが聞こえる。
これは「現実の世界」の出来事なのか?それとも「眠りの世界」での出来事なのだろうか??
そんな事を考えていたら、再びあの野太くデカイ声に引き戻された。
「おい!!!ユウ起きろって!!!!おい、ユウ!!!」
俺はしぶしぶ顔を上げ、ぼやけている顔がタケヤンであることを確認すると、おもいっきり不機嫌な顔をしながら返事をした。
「…なんだよ?」
「屋上に誰かいるんだってよ!!たぶんうちの生徒だぜ、あれ!!」
「屋上?」
俺の席は廊下側の一番後ろで、屋上が見える窓側とは一番遠い席になる。
その窓側に視線を向けると、すでに野次馬生徒達が窓側に集結していた。
「おい!!!!お前ら!いいから席につかんか!!!!おい!!田上!!いいかげんにしろ!!早く席につけええええ!!」
ハゲ山田がつるっぱげの額に青筋を立てながら、なんとか現状を落ち着かせようとしているが、もはやその言葉は誰の耳にも入っていないといった状態だった。
「なあ、俺らも見にいこうぜ!!」
タケヤンの顔がいつもより3割増で輝いている。
この状態になってしまったタケヤンは、もはや断っても無駄なのは分かっているので、俺はしぶしぶ了承した。
「おい、ちょっとのけよぉ!俺らにもみせろっっって!!」
バーゲンセールのおばさんばりに周りを押しのけ、2人分のスペースを確保したタケヤンは、満面の笑顔で俺に手招きした。
「おい、ユウ、こいよ!!」
「お、おう…」
うちの学校の校舎はL字型を反転させた形になっており、短いほうの先っぽの3階が俺らの教室だ。
その例の生徒は長いほうの先っぽ辺りの屋上にいた。フェンスを越えて、人一人ギリギリ立てる位の縁に立っている。
「おい、お前ならあいつ誰かわかんじゃねーか??」
「あ?ああ」
自慢じゃないが俺はかなり目がいい。肉眼で他のヤツがまったく見えない物も、調子がよけりゃあ、クッキリ見えたりするくらいだ。家の親父いわく、俺の「唯一の取柄」らしい。
…悪かったな、他に自慢出来ることがなくて。
「んー、えっとあいつ誰だっけ…たしか、C組の……あーー、名前なんつったかなー」
さすがに遠すぎて、クッキリとまでは見えないが、なんとなくそいつの顔は分かった。
「C組!!?C組って3年のか??」
タケヤンが俺の肩を力強くつかんで、聞いてきた。
「ちょっと待てよー、えっとねーなんか一回しゃべった事あんだよなぁー…みーみみー三園!!三園だ!!!」
「三園?……あーあーあぁ!!あの2年の終わり位に転校してきた!?あいつか?」
「ああ、たぶん間違いないと思う。」
「あーーー、あいつ暗い感じだったもんなあ…いじめにでもあってたんかなー」
俺的には、誰か分かってスッキリしたんだが、今まさに、同級生が屋上から飛び降りようとしてるのだから、事態はスッキリなんて言ってる場合じゃない。
「…ん?」
屋上に再び視線を戻してよーーーーーく見てみると、妙な事に気がついた。
「おい、あいつ…携帯で会話してないか?」
「ああ?携帯!!?」
みんながいっせいに目を細めたりして、なんとか携帯の存在を確認しようとしたが、どうやら誰も見えないらしい。
「いやー、なんも見えんぞ」
「いやいや、絶対なんかしゃべってるって!!右手にもってんだろ!!?」
「んーーそうかぁ?」
そんなこんなしていると、ハゲ山田が業を煮やした感じで声を荒げた。
「あーーーもう、まったく、他の先生達はいったいなにしてんだ!!?」
たしかにハゲ山田の言うとおり、誰も彼の元に行ってないし、下に人が集まっている様子もない。
まだ誰も気づいてないというのか…?
「おい!いいか、俺はちょっと職員室まで行ってくるから、お前らはここにいるんだぞ!?」
そう言ってハゲ山田はイライラしながら教室を出て行った。
しかし、まあ今さらあいつが行ったとこで何も変わらん気がするが…
相変わらずC組の三園は誰かと携帯で会話している。
なにが楽しくて、あんなとこで会話してんだかは分からんが、本当にあいつは死ぬ気なのだろうか…
「ん?おい、校庭に誰かでてきたぞ!!」
タケヤンが窓から身を乗り出し、指差した先では、確かに誰かが校舎から出たきていた。
「ああ、あれはC組の香織ちゃんだろ」
香織ちゃんというのは、久重 香織(35)のことで、俺ら男子はみんな「香織ちゃん」と呼んでいる。髪をいつも後ろで束ねており、顔は鼻筋がスッと通っていて、目もパッチリとしたなかなかの美人なんだが、体系がおばさん体系に片足を突っ込んでいるという残念な感じのC組担任だ。
担当は数学で、生徒の人気はまあまあだが、子供嫌いな一面が時々見てとれる。
「おお、やっと担任のおでましか……って、香織ちゃんまったく気づいてなくねえ?」
確かに、上を見上げるようなそぶりもなく、寒そうに校舎沿いをトボトボ歩いてるだけだ。
「…っち、しゃーねーなあ。香織ちゃーーーん!!!上みろおおおおお!!!!」
タケヤンは窓からブンブン手を振りながら呼びかけたが、香織ちゃんにはまったく聞こえてない感じだった。
「よし、もっかい!!香織ちゃあっ…」
「うるせえ!!!無駄だからやめろ!!」
何回やっても無駄だと思った俺は、タケヤンを制止した。
「でもよう…このままだったらアイツ死んじまうぜ?」
「わーてるよ、でもまだ飛び降りるかどうかわかんねーだろ!」
そんな会話をしながら、何気に視線を屋上に戻した時だった。
え…?
今あいつ笑った??
きゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!
女子達の悲鳴が教室中に響き渡った
三園は嘘みたいに軽く…
嘘みたいに軽く、ポーンと飛び降りて
地面に落ちていった
それは紛れもなく同級生が死ぬ瞬間だった。
いやあああああああああああああ!!!
泣き崩れていく女子達。
ただ呆然と立ち尽くす男子。
この中の何人が現状を全て把握できているのだろうか?
「…ほんとに、ほんとにあいつ…いっちまいやがった」
タケヤンが見たこともない表情でつぶやいた。
たしかに、俺も現状を理解してるかって言われたら、あやしい。
でも、それ以上に、なんかモヤモヤしたもんが胸につっかえてる。
なにかがおかしい。
普通死ぬ前って笑ったりするもんなのだろうか…それに携帯で会話しながら…
そもそも電話の相手は誰なんだ?親か??
もしその携帯の相手が俺ならどうするだろうか?
警察や学校にどうにかして連絡とるんじゃないだろうか
しかし、実際は警察どころか学校関係者もアイツが死ぬまで気がついてなかった
電話は俺の見間違いだったのか…?
…やっぱし、なんか気になる。
なんかわかんねーけど
とりあえず
これ
普通の自殺じゃない気がする。
気づいたら、俺は教室の扉をあけ、廊下を走りだしていた。
つづく。