一撃必殺!ゴキブリvsまきしま渾身の右ストレート!! | まきしま日記~イルカは空想家~

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ちゃんと自分にお疲れさま。

高校大学の頃、俺はゲーセンのパンチングマシンが強かった。そりゃあもう、特技として履歴書に書ける勢いで強かった。80kg90kg、俺より遥かに大柄な友人にだって負けたことがない。深夜のゲーセンを転々と巡っては、行く先行く先パンチングマシンで本日最高記録を叩き出してギャラリーをどよめかせ、拳一つで築き上げた武勇伝は数知れず。

それから15年の月日が過ぎた。最後にパンチングマシンを打ったのはいつだったか、もう忘れてしまった。筋力は見る影もなく衰え、きっと瞬発力も失われていることだろう。しかし地面を蹴り、全身の体重を乗せて拳を繰り出す感覚は、今もこの体が覚えている。そしてふと思う、果たして今でも俺はパンチが強いのだろうか。それは例えば誰もがその姿を見るや悲鳴をあげ恐れおののく強敵、そう、ヤツを一撃で葬り去るほどに――――― 

さて、俺の家はこの時期やたらとゴキブリが出る。それも今年は特に酷い。1匹2匹どころの騒ぎではなく、夏に入って俺は少なくとも10匹は見かけた。ゴキブリは1匹見たら30匹はいると言われるが、だったら俺の家には一体何百匹いるのか、想像も計算もしたくない。

先日の夜も、俺は台所でゴキブリを追い立てていた。するとゴキブリのやつめ、まだ床を這いずっていればかわいいものを、あろうことか壁を這い上がってきた。そして俺のまさに目の先に止まるゴキブリ、その距離およそ1.5m。「これは絶好の間合い、右ストレートの射程圏だ」。

考えるよりも先にファイティングポーズをとる俺。「拳でやつを仕留める」。スピードならば絶対に負けない。ゴキブリが拳圧を察知し動き出すよりも速く、俺の右ストレートが壁に届く。しかし問題はパンチの正確さだ。俺が打ってきたのは数十cm四方のパンチングマシンのパッド。そう、1点を捉えて打ち抜く技術が俺にはないのだ。ほんの1cm拳先が反れただけで、やつはのうのうと逃げ延びるだろう。

だが思い出せ。そして信じろ。俺が打ってきたのは確かに面の広いマシンのパッド。しかしその芯を確実に打ち抜かなければハイスコアは出ない。それどころか下手したら自分の拳を痛めてしまう。そんなギリギリの真剣勝負を、俺は何十回何百回と勝ち抜いてきたではないか。

「迷うな、打て」。決意したその刹那、繰り出す右ストレート。そして速拳がゴキブリを捉えたまさにその瞬間、予期せぬ感触が手から伝わる。グチャッ―――――瞬時に我に返る俺。「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い」。右拳にはベットリ黒い体液、瀕死のゴキブリは壁から落ちて、あろうことか俺が愛用しているステンレス鍋の中にポトリと収まりカサカサカサカサ。「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い」。

こうして俺はゴキブリに負けた。そう、あれは俺の負けだった。俺の右ストレートはこれ以上ないほど見事にゴキブリにヒットし、その外殻を完全に粉砕した。しかしその時、俺の脳にはっきり刻まれてしまったのだ。「ゴキブリ気持ち悪い、ゴキブリ怖い、もう二度と相手にしたくない」。結局俺は試合に勝ち勝負に勝ち、そして心でゴキブリに負けてしまったのである。