【妄想劇場】 人間失格 | まきしま日記~イルカは空想家~

まきしま日記~イルカは空想家~

ちゃんと自分にお疲れさま。

俺は人間失格だ。
社会にとって俺の存在など、害悪以外の何物でもない。

会社では毎日毎日課長に怒鳴られる。
後輩や新入社員にまで馬鹿にされる。

喫煙所から聞こえてくる俺の陰口。筒抜けなんだよ!
いや、わざと聞こえるように言っているのか?

しかしそれもこれも、全て俺が悪いのだ。
仕事が出来ない、人付き合いも苦手、
要するに俺に存在価値などないのだ。



また月曜日がやって来る。
どんなに嫌でも、たとえ祈っても、月曜日は必ずやって来る。

今日は何回怒られるんだろう?何回嘲笑われるんだろう?
課長や同僚たちの顔が頭をちらつき、
コンクリートで固めたようにハンドルは重くなる。

(死にたい…
いっそのこと死んでしまいたい…)

その時だ!
一匹の猫が車の前に飛び出した!



危ない!慌ててブレーキを踏んだが遅かった。
確かに嫌な感触がタイヤを通して俺の手に伝わった。

俺は慌てて車を降り、車体の下を覗き込んだ。
胸と前足をモロに轢かれ、
血まみれになった猫が力なく横たわっていた。

どこかに犬猫病院は!?いや、もう助かるまい。
この猫はもう数十分と持たずに息絶えるだろう。

俺は猫を抱きかかえ、
近くの公園へと車を走らせた。



人気のない静かな公園、
俺はそのベンチに座っていた。

腕の中には間もなく途絶える血と肉のかたまり、
しかしそれはほんのさっきまで確かに猫であった。

それは最期の最期まであがくように力強く脈動し、
やがて静かにその温かみを失っていった。

すでに新緑をたたえた桜の大樹、
俺はその根元に尽きた命をそっと埋葬した。



1時間以上の大遅刻、血で汚れたスーツ姿。
その日俺が会社で課長に大目玉を喰ったのは言うまでもない。

今でも毎朝あの道を通る。
その度に、俺は強く胸を締め付けられる。

(死にたい…)
あの時確かに俺はそう思った。
あの猫は俺の代わりに死んだのだろうか?
身を以て俺に命を示したのだろうか?

あの日俺がとった行動は、
サラリーマン失格だったかも知れない。
でも俺は、決して人間失格ではない。
断じて人間失格ではない。