「閃光のハサウェイ」を見に行ったのでネタバレで感想を書きたいと思います。
アニメをすべて見た後に読むか、見たところまでだけ読もうかと思っています。ですので、ここで書いている感想は小説を読んでいる人から見たら、なに言ってんだwwwみたいなところもあるかもしれませんが、感想文ですので生暖かい目で見守ってください。
ちなみに劇場版の閃光のハサウェイは3部作になるとのことです。今作にサブタイトルがついていなかったり、ラストがこれで終わってもそれなりなところで切ってあるために、続編があるのか不安を感じている人もいるようですが、3部作というのは公式コメントですので大丈夫です。
第1部の公開が遅れに遅れましたので、第2部は早く見れるのかな?
主人公が連邦側ではないガンダム
ガンダムって地球連邦に対してなんだかんだ言っても、結局は主人公は連邦サイドにいますよね。普通に考えて、大手を振って最新のガンダムに乗るためには連邦軍に所属しているのが自然ですしね。ポケ戦のようにジオン側視点の作品もありますが、なんとなくサイドストーリー的な小さな話にせざるを得えません。
しかし、閃光のハサウェイは主人公サイドがテロ側です。主役機のクスィーガンダムも劇中では「ガンダムモドキ」と言われ、顔がガンダムから外れたデザインになっています。
見ていて、映像美やメカアクションなどが素晴らしいのはもちろんですが、ストーリーや展開がとても面白かったです。話はかなり原作に忠実だそうですが、そうであれば、やはり若い頃の富野さんは凄かったなぁと思います。
ユニコーンとは繋がりづらい
劇中でも冒頭に「シャアの反乱から12年」と表示されるように、閃光のハサウェイは逆襲のシャア(ベルトーチカ・チルドレン?)の続編として描かれています。宇宙世紀の年表的には間にユニコーンとナラティブが入るのですが、この2作品は後から間に差し込まれたので見ていて繋がりは感じません。
ナラティブでもアレだけの戦力を投入してきたように、ジオンの残党があれでついえたとも思えませんし、ミネバ様御一行などもなにをしていたのだろう?とか色々と思うところはあるのですが、原作に沿って進行するならもちろん関係はしてこないですね。
もしかしたら、この2作品との関係で話に修正が入るかな?と思っていたのですが、今のところは原作に忠実に進んでいるとのことです。ユニコーンとナラティブは大好きなのですが、神コーンはやりすぎて、あとが困りますね。
逆に音楽が澤野さんであることで「戦闘シーンで音楽がかかると急にユニコーンになるのが嫌」という意見もあるようですが、私は戦闘やメカに意識が集中してしまって、どんな音楽が掛かっていたのか全く印象が残っていません。
私は原作厨ではないので改変するならそれも良いと思いますが、原作を読んでいませんので、原作のままでも意外性を楽しむことができ、どちらでも良いと思っています。これから原作の情報が「ここが違う」とか「こうなる」とか出てきそうですので、ネタバレから逃げるのに必死です。もちろんラストは有名過ぎて知っていますが、もしもラストを知らずに閃光のハサウェイを最後まで見れた人がいるとしたら、三国一の幸せ者でしょうね。
ちゃんと苦悩する主人公「ハサウェイ・ノア」
劇中でハサウェイはマフティー・ナビーユ・エリンという指導者を演じて、意識高い感じの目標を掲げて組織を引っ張っていますし、ギギに色々と突っ込まれたことに対してその活動の正当性を言い返したりもするのですが、その裏で「本当にこれで良いのだろうか?」という苦悩が垣間見えるのがとても魅力的です。
若い頃に見た逆襲のシャアでは、クエスのことを生意気なクソガキとしか思えずイラッとしていましたが、そんなクエスを追いかけるハサウェイも「ち○こで行動する愚かなガキ」と思っていました。しかし、閃光のハサウェイでは色々と苦悩して常に迷いの中で行動しているハサウェイがとても魅力的に見えます。
アムロやシャアの意思を受け継ぐという形でマフティーは「地球環境のために」活動しているのですが、個人的には活動趣旨に違和感を感じます。これは逆襲のシャアまで遡ってしまいますが「地球環境のために」よりも、ガンダムにはジオン・ズム・ダイクンの提唱した人類の革新というテーマがあるのですから、あくまでも「人類すべてを宇宙をあげることで、皆等しく革新させる」という目的で一本化して欲しかったです。最近のエコロジーブームもあって「地球環境のために」と聞くと詭弁臭がして。。。本作でもハサウェイが口走りましたが「(地球に住む)特権がある限り人は不正をする」といった方向の方が納得感が得られた気がします。あくまでも人のために。
そして、劇中に出てくる一般人達も地球環境なんてどうでも良くて、それよりも自分たちを苦しめるマンハンターをなんとかして欲しいと言います。ハサウェイも普通に暮らしている一般人の思いと、自分のやっていることにギャップを感じているようにも見えます。
本作でのハサウェイは常に「こうあるべきだ」ということを考えていますが、同時に「でも、、、」という感情で行動しがちです。劇中でも戦闘の中でマフティーとしての使命を果たすためにはギギをほっぽりだして組織のエージェントのもとに走るのが最適解とわかっていても、それはできませんでした。今後話が進んでいく中で、ハサウェイ・ノアである自分と、マフティー・ナビーユ・エリンであるべき自分の迷いが物語を動かしたら面白いなぁと思います。
いくらドン引きするほどの不思議ちゃんではあっても、あれだけ美人のギギに同じ部屋へ招かれ、ラッキースケベをカマしても「裸で歩き回る女は嫌い」「危険な女」とギギの女性の部分にまったく無反応なのは、若い頃に女性で失敗した影響なんですかね。それに比べてケネス君。大概だぞ。
「お前が乗るんじゃないんかい
劇場で見ていて一番驚いたのはペーネロペーのパイロットがケネス・スレッグ大佐でなかった事です。最初の戦闘後に馬に乗って登場したケネスを見たときには頭の中で「お前が(ペーネロペーに)乗るんじゃないのかよ!」とツッコミを入れてしまいました。この戦闘中にはケネスもレーンも画面に映らないのは作成サイドもワザとミスリードを誘ったのかな?司令官がMSに乗らないのは普通に考えたら当然と言えば当然ですが。
フランクな男ですが、ギギへの迫り方はかなり露骨に「ヤラせてくれ」で笑いました。年齢は設定には無いようですが、大佐という階級はかなりお偉いさんです。ルックスも若いですし、ハウンゼンに乗っていたことから色々とコネがあり、異例に早い出世なのだろうなぁと言うのは想像がつきますが、それらを加味してもそれなりの年齢でしょう。ギギへの迫り方もおっさんそのものです。ギギは大人びたルックスですが、なんと15歳だそうです。え?!15歳というと下手すれば中学生ですよ!JCですよ!ケネス君、ほんまに大概だぞ。
大佐といえば、あの人もそう呼ばれていましたね。。。。
ちょっと違った視点の戦闘シーン
初回の戦闘シーンは今までとは少し趣向が異なっていて、戦闘に巻き込まれて逃げ惑う人側視点で描かれています。ここも本当に素晴らしく、劇場で見ていると恐怖すら感じました。20m以上のロボットが街中で戦うのって本当に恐ろしい。
爆発音などもリアルで、最近拡散されたイスラエルのアイアンドームがロケット弾を迎撃している音を思い出しました。テロリストが高層ビルを爆撃するシーンも色々と連想するものがありますよね。。。
クスィーは劇場版でデザイン変更されました。カラーリングも含めて元の方が良かったという意見が多いように見えますが、私はこの新しい顔もカラーリングも大きくなった前腕も、めちゃめちゃ好きです。
クスィーの登場シーンはもう少しケレン味があっても良いかなと思いましたし、暗闇の海上での戦闘でしたのでメカアクションはよくわかりませんでした。このあたりは2部以降に期待ですね。
本作の内容とは直接関係ありませんが、ガンプラが本当に買えません。もちろんメーカーには色々と事情があると思いますが、劇場公開されたばかりの作品の主役機くらいは店頭に並ぶようにして欲しいですね
閃光のハサウェイは、第1部を見る限りは今までのガンダムの映像作品に比べるとメカの描写よりも物語に重きをおいているように見えました。もちろんメカアクションやクスィーやペーネロペーのギミックなどを良く見たいというのもありますが、結論を言えばめちゃくちゃ面白かったです。
