その理由は二つ有った

その1
○成軍団は別名、よごれ軍団 もしくはコジキ軍団とも呼ばれている

その名の通り、現金を使うのを大変嫌う


つまり1/360のCR機など目もくれず、現金機のシマに行くに違いないと予想された


その2
MAXの定休日の前日に、今回の新装開店で外れる台をタカボンは既に知っていた


外れる台の場所に新台が入る可能大

つまり今回の新台の設置場所が予め分かっていたんや


何故外れる台が分かっていたのだろうか

それは外れる台には閉店前になると番号が書かれたシールが貼られるからや


タカボンはその日、他店で稼働した後、MAXを偵察に行きチェックしていた

偉いぞ タカボン

昔のパチ屋は行けば何かしら飯の種が落ちていたんだよね

その1
何の告知も無く釘を開けられたシマ

その2
緊急イベントの優先入場券配布


その3
残高が9Kも有る抜き忘れのパッキーカード


その4
カード清算機の返却口にヒッソリと佇む7K


因みにその3とその4は飯の種にされたタカボンでおま


話をMAXに戻す


そして開店を迎えた


タカボンは狙いの台へ猛ダッシュ


難無くCR機をゲットしたのでした


タカボンが押さえた台は、三共のCRF花札RX


大当り確率1/360 確変50% 出玉2300個 リミッター5回の何て事無い普通のCR機だった


釘は勿論ワイドオープンだった


当時の新装開店は一発台の頃の程では無かったが、まだまだその輝きを失って居なかったんや


タカボンが花札RXを押さえた後、現金機を押さえに行ってあぶれた○成軍団がやって来て新台はあっという間に満席となった


その中にには何故か○成軍団のボス的存在で有るICKWの姿が有った


何時も最後にやって来て先頭に割り込むICKW


当然現金機のシマに一番乗りしたはず


そのICKWが何故CR機を…???


タカボンは直ぐに現金機のシマの新台を見に行って釘を見た


タカボンの予想通り現金機の新台は締まっていたのでした


当時有りがちな○成軍団対策が施されたようや


当時抽選解放なんて洒落たものはまだまだ一般化されて居なかったのです


おかげで一般客やピンのプロ達が○成軍団のせいで、有り難く無いとばっちりを被っていたのでした


話を花札RXに戻す


花札RXの台数は8台位だったと思う


当時の日記を見てみるとタカボンは○成軍団に挟まれていた様だ


しかも隣にはICKWが…



次号へ続く


その日の○成軍団は人数こそそれ程多くは無かったが、ボス的存在で有るテキ屋のICKW そしてNC YCO等結構濃い面々が列んでいた

当然の事だが西成コロンも濃かった(頼むから風呂入ってくれよ)


いや 列んで居たと言うのは語弊が有る

割り込んで来たってのが正確や


相変わらず玉を出すのは下手くそだが、台をゲットするのは超一流でおま


タカボンは玉を出すのは得意だが、並びは苦手だった


本来ならここにBCBYCも居ても不思議では無かったのだが、何故か彼の姿は見えなかった


そう言えば少し前にこの店で、彼の打っていた台のステージがヘロヘロで、『この台ネカセが悪すぎるど よし わしが回る様にネカセを変えたる』と言い、ハンドルを思いっきり引っ張った時、バキっと音がしてハンドルが抜けた事が有った


しかも店員に『お前の店の台がボロいからハンドルが取れた』と食ってかかる始末


もしかしたらこれが元で出禁にでも成ったか(笑)


まぁ 彼の場合出禁は日常茶飯事 しかも出禁に成ったとしても2~3月も経てば何食わぬ顔して現れるので、別にどうって事無いに違いない


話をMAXに戻す


開店5分前にはタカボンの前には20人位並んでいた


その6割は○成軍団


○成軍団以外のジャリはスロットに行くに違いない


パチンコの新台を押さえるにはビミョーな位置だった


しかしタカボンは狙い台は必ず取れると信じて疑わなかった


その理由は二つ有った


次号へ続く


次回で遂に前代未聞の機能を搭載した台が登場しマンモス


因みその台のメーカーは○○○ョ-でおま


今から15年程前

 

人々はその時代を

 

暗黒時代と呼んでいた

 

 

何故 暗黒時代と呼ばれていたのか

 

 

その理由は明白だ

 

 

その当時のCR機には全く夢が無かったからや

 

 

ここで当時のCR機のスペックを書いてみたい

 

 

大当り確率1/360

 

確変突入率1/2

 

継続率も1/2

 

 

おまけに確変最大継続が5回迄に抑えられていたんや(5回リミッター)

 

因みに京楽の華水月Xに至っては3回リミッターなんてのも存在した

 

 

これはどう言う事かと言うと、 1/2の確変を5回連続引いたとしても、5回目の確変はカス(通常)に強制的に書き換えられてしまうんや

 

 

つまり絶対に5連チャン以上せんんちゅうこっちゃ

 

 

1/360の確率で初当たりの半分はカス

 

 

そして仮に確変を引いても連チャン率は50%

 

 

そしてその確変の上限が5回迄と決められていたんや

 

 

おまけに時短も無しときたもんや

 

 

どや

 

 

絶対に勝てる気せんやろ

 

 

それだけやないでぇ

 

 

その当時のタカボンのテリトリーの店はラッキーナンバー制やったんや

 

 

357(持たせ)→46(交換)がスタンダードだった

 

 

つまり357で当たらん限り現金で打ち続けなあかんのや

 

 

当時 天王寺のスーパーホールなんて3の確変で当たって札が入っても、4で終わったら札を外しよったんやで(正に極悪店)

 

 

 

一回の大当りで2300個の出玉が有るとしてもこれじゃ勝てんよな

 

 

しかも達の悪い事に当時のCR機は金太郎飴状態で、各メーカーのリリースされる台の全てがこのスペックで統一されていた

 

 

現在の様にMAX ミドル ライト 甘デジ等のバラエティー豊かな機種構成では無かったんや

 

 

当然当時のプロ達はハマリやすく爆発しないCR機は打たず、現金機(時短)等を打っていた

 

 

 

そして当時はモーニングサービスってのが殆どの店に有って、朝一1~2時間の当たりは全て札が貰えたんや

 

 

このラッキータイムの恩恵はとてつもなくデカかった

 

 

ラッキーナンバー制&40個交換が故に、30/Kの台なんてゴロゴロしてたからね

 

 

朝一から打ちに行けるプロ達はこのモーニングサービスの恩恵を最大限に活用していたのでした

 

 

いやプロだけじゃない

 

 

常連のおばちゃんやジジババ達こそその恩恵を授かっていたと言っても過言じゃ無かった

 

 

釘は勿論見ない

 

保留玉が満タンになろうが、リーチ中であろうが打ちっぱなし

 

 

常にマイナス期待値の台を打っている彼等だが、一旦札が入ったらプラス期待値へと変化するんやもんな

 

 

今のパチ屋で一般客がプラス期待値の台を打つ事など先ず有り得ん事

 

 

そう言う意味でも客に優しく、正にメリハリの効いた営業だった

 

 

そして常連客達は勝ったり負けたりしながら、少しづつ負け続けていたのだった

 

 

あの時の常連客は何処へ行ってしまったのだろう

 

今は彼等が居た店すら姿を消してしまった

 

 

話をリミッター機へ戻す

 

 

その日

 

タカボンは武闘派エリアマネージャーでお馴染みの阿倍野MAXの新装開店へと向かったのでした

 

 

開店30分前に着いたタカボンを出迎えてくれたのは、毎度お馴染みの西成軍団だった(笑)

 

 

次号へ続く