和歌山県岩出市の塾講師&家庭教師おへんら〜のお家で遍路日記〜志の道を歩く旅編〜 -23ページ目

和歌山県岩出市の塾講師&家庭教師おへんら〜のお家で遍路日記〜志の道を歩く旅編〜

ママチャリ遍路に出て、三坂峠で大前転転倒事故をやらかし、左手首を粉砕骨折しました。現在は自宅でリハビリしながら自宅でお遍路中(^_^;)
家庭教師やります。生徒募集中。

南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛

塾講師&家庭教師おへんら〜光陰です(`・ω・´)ゞ

今日はお家で黙々と『完全理解小学理科』を読んで、黙々とリハビリして、黙々と病院へ行ってきたの。帰りに寄ったコンビニとスーパーでは、どちらもレジを打っていたのが、教え子ちゃんやったわ(^o^)v

なぁ〜〜〜んにもネタがないから、さっそく、

【お家でお遍路】

曼荼羅寺から南へ約350mで

第73番出釈迦寺

出釈迦寺の縁起はその奥の院である捨身ヶ嶽禅定と切っても切り離せない。

その捨身ヶ嶽禅定は、出釈迦寺からさらに南に登ったところにある。捨身ヶ嶽参道口駐車場まではそうでもないらしいが、次の柳の水駐車場まではかなりの激坂と聞く。柳の水駐車場から先は有料道路になるらしいよ。納経所の方曰く、四駆の軽自動車以外はおすすめできない、ということらしいから、車は捨身ヶ嶽参道口駐車場に停めるのがいいかもね。岩場や鎖場もあり、出釈迦寺から歩くと50分くらいかかるらしいよ。

弘法大師は7歳で仏道に入り、救世の大誓願を立てようと倭斬濃山の山頂に立ち、「仏門に入って多くの人々を救いたい、この願いが叶うならば釈迦如来よ、現れたまえ。もし、願いが叶わぬならば、一命を捨ててこの身を諸仏に捧げる。」と願をかけ、断崖絶壁に身を投げると、落下していく大師の体の下方に紫雲がたなびき、蓮華の花に座した釈迦如来と羽衣をたなびかせた天女が現れ、雲上で大師を抱きとめ「一生成仏」の旨を告げた。このお告げに感激した大師は、後に釈迦如来を刻み本尊として堂宇を建てたのが出釈迦寺の始まりで、この時に倭斬濃山も我拝師山に改めたそうな。

オイラがダイブしたら誰かキャッチしてくれるかな?

また、諸々の事情で捨身ヶ嶽禅定まで登れないという人のために、本堂左手を少し登ったところに、奥之院遥拝所がある。ここから捨身ヶ嶽禅定の建物を仰ぎ見ることができ、念仏を唱えると、捨身ヶ嶽禅定に登ったことと同じご利益が得られるんだって。

毎月旧暦15日には護摩祈祷が行われ、この日に限り境内から奥の院まで無料送迎もあり、縁日の後、堂内で宿泊もできるそうな(参籠料1,000円)。