私は長いこと特殊な距離感に生きていたので
どの距離感も本人たちが納得していたらいいのではと思ってしまうところがある
そして、本人との会話に付加価値があって
それをビジネスとすることにも抵抗がない
映画だってただ見るよりは監督との質疑応答があった方が価値がある
疑問があったら聞ける
面白かったと伝えられる
それらはやっぱり価値のある行為だ
私は森達也監督の「A」を見た後の質疑応答をよく覚えていて
オウム真理教のドキュメンタリーで
教団のイメージと信者のとギャップを描いた作品なんだけど
そこに取り込まれた人が改心したとして、それに対する恐怖はやはり理屈でなく存在するわけで
改心したというその言葉を私たちはどのように飲み込めばいいのか
この映画を通じて伝えたいのは彼らが善人であるという事なのかという疑問が私にはあって
もちろんはっきりとした答えはもらえなかったんだけど
それを伝えられる
飲み込めない人がいると主張できたのは本当にお金に変えられない経験だったと思っていて
作品以外の部分で発生する対価は決して作品を否定するわけではないと思うんだよ
西村監督とか井口監督も、舞台挨拶は舞台挨拶の魅力があって
それも含めての監督だと思っている部分もあったんだよね
もちろん映画は映画で独立して好きなんだけど
バンドマンも、演奏だけが好きな人もいれば
ステージを降りても魅力的な人がいて
降りた時だけに感じる魅力には「??」と思ってしまいはするんだけど
本人たちがそれで納得していたらいいと思う
私はそれは嫌だけど
初めて行ったバンドのライブは
今思えば全然お客さんがいなくて
彼らはその1年後に解散してしまうんだけど
そのメンバーのひとりは後のバンドも売れずに解散した後、社員として怒髪天の物販に立っていた
最後のCDはデモのシングルだった
正式な音源にすらならなかった
音楽性は変わったようで変わっていなかったと思う
摩訶不思議で皮肉に塗れたポップな歌詞
明るいようで暗い曲調
前向きと後ろ向きが混在する楽曲
デビューから最後までずっと変わらなかった
それでも彼らは実家を継いだり
新しくバンドを組んでバラバラになった
本当のところはわからない
でも、売れないとはこういう事なのだと中学生の私は理解した
どんな形でもいい
その形を留めていて欲しいと願った
今思えば、彼らは路上で成り上がったバンドで
お客さんとのコミュニケーションを当たり前としてた人たちなんだよね(私はその時代を知らないけど)
80年代から盛り上がったホコ天ブームのお客さんとの距離はいわゆる今の接触文化よりも近かったと思う
そこからビジネスに昇華できたのは単純に日本経済の影響が大きい
何年後かにTOKUZOに観に行ったメンバーはあの頃と変わらないルックスで
ドラムではなくキーボードの前にいた
ライブが終われば客席をふらふら歩いていた
話しかけたら答えてくれた
私は楽しかったと、それだけを伝えた
環境は変わったけど、彼は演奏している
それだけでよかった
でも出来れば、4人の演奏が見たかった
売れていた人が売れなくなる
その生の声を聞く機会があった
私がCDを買っていた人だった
なりふり構わず音楽を続けていた
カッコ悪くてもダサくてもいいから
音楽をやっていたいという思いを感じた
彼らの不幸も幸せも
私たちには判断ができない
だから、私は好きな人をできる形で支えるしかない
結局は演者もオタクも、自分が幸せな形でいるしかなくて
エンタメは所詮エンタメでしかないのが現実で
自分の幸せを追求した先にある推しであればいいなとぼんやり思ったのです
あー、吉原さんに会いたいなぁ!!!