一宮の住民で

それも本町商店街の近く

遠くに聞こえる盆踊りの曲。

それが僕の子供のころからのあたりまえ

「一宮七夕まつり」



本町商店街には色とりどりの飾りつけがなされている

子供のころに比べると数は少なくなり帯も短い

上品な感じだが子供のころのごちゃごちゃのイメージが

懐かしいキャラクターや物語のアーチも今年は3つ

キャラクターが1つのため小学生のうちの子供は残念そうだった



商店街の北端には真清田神社がありこの境内の中が

これまたいい感じである 



多くの露店を見る前に

家族のことを願いお参り



そして境内にはマイクでコメントするおばさんの声がする。

もうここにはあたりまえとなっている

「お化け屋敷」だ



残念ながら私は お化けなどが苦手のために

入ったことがないが このなかなか味のある看板

コメント 造形物、なんだか説明しにくいけど

いい!


今回はミラクルが出た

私も子供の頃から輪投げは大好きで

よく絶対に取れそうのない

紙にマジックで書いただけの大当たり

そこに長男はなんとGET!

ゲームのハードはこれをもう一回しなきゃだめだと

言われるがそれ以外ならと言われ

ポケモンのカードをケースでもらっていた

はじめてみた!グッド!すげー!

そしてもうひとつ商店街から駅のほうに向かう

地元でいうロータリー方面へ

そこには盆踊りのやぐらが組まれ毎年すごく熱い!

なんだかダンシングヒーローがのりのり!



私は昔から苦手であったが今日まじまじと

踊っている人たとを見て何がこうさせるのという

特殊なエネルギーさえ感じた



あまり知られていないが市役所前の新柳公園も

すごい

今年は駅前にステージを組まず 移動ステージで

タレントやキャラクターショーが行われたようだ

数十年行っているこの祭り

全盛期に比べさみしいものになってきている。

企画をふくめ若い世代の発表の場や もっと

企画の濃いものをと・・・思ってしまう


でも血がわくわくしちゃうんだよね

「一宮七夕祭り」

僕の家から歩いて数分の所に一宮市役所がある
七夕の飾りつけだ

もうそんな夏の時期なんだなーと実感する

第53回一宮七夕まつりは7月24日(木)~27日(日)の4日間で開催

もうすぐ夏休みがくる

それにしても毎年この七夕飾りの長さが短くなる

たぶん子供たちがちぎってしまうのを予防してかと思われる。

この祭りは僕は生れた時から今まで38回行っている・・・と思う

一宮には四季のお祭りがある。バブルがはじけ事実 一宮のすべてが低迷しているが

おりもの感謝祭という名のように繊維の街 一宮のこのお祭りはつづけてほしい

でも・・・最近プログラムを見るとローカル色が強くなってしまったか・・・

来年は僕もどんな形でも協力したいものだ

それと今日は子供の懇談会で大志小学校に行った 私の母親からすると3代の

大志小学校だ。

窓から一宮市を眺める。

子供のころは電報電話局(今のNTT)のアンテナと市役所だったが 

高層マンションが建ちだしていた。それと大雄会病院の存在感がすごい

なんだか少しさみしい感じがした。

一度はドーナツ化でこの小学校も1クラスになり

さみしい感じがしたのだが今では高層マンションが学区内に建ち2クラスとなっている。

他からの転校も多いようだ ここに引っ越ししてきた子供たちに

好きになってもらえるような いい一宮にぼくたち大人はしなくちゃならない

歴史と伝統をどう残せて どれだけの新しいものを取り入れるか

これから一宮は楽しみです。


これは東京三菱UFJ銀行一宮支店前にある石碑。初投稿は「一宮城跡」

ステンレスの説明にはこう書いてある

この城に住んでいた関氏は平重盛の子孫で伊勢関氏の一族である。

関長安は、はじめ織田信長に、のちに秀吉に仕え、天正12年(1584年)

小牧山の戦いで長久手に戦い、討ち死した。

この城には豊臣秀吉も立ち寄ったことが、のちには織田信雄の家来の

不破源六広綱の城となり天正18年広綱が去ってから廃城となった。

と記されている。

子供のころに近所のおじいさんに聞いたことがある。一宮には当時20以上の城があり、

大きさは城というより砦に近い形だがたくさんあったという。

小牧の城まで狼煙をあげて小牧→岩倉→一宮と連絡がとれたという。

その当時ここら辺はどんな風景だったのか想像してしまう。かお