生き残り続ける経営戦略 実践研究家 宮本盟のブログ

生き残り続ける経営戦略 実践研究家 宮本盟のブログ

『生き残り続ける経営』を探求。「真剣に向き合うこと」をモットーに、しあわせを妥協しない生き方を実践しています。マレーシア・ジョホールバル在住。81年生まれの九州の田舎っ子育ち。

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事務員さん:
「学校のことは、
 向こうに行ってから聞いてください。
 ビザのことはイタリア大使館に
 聞いてもらえますか?
 私たちも前例がなくて、
 ぶっちゃけ分からないんです。」
 
 
(お、お、お、事務のおばちゃん。
 ぶっちゃけって・・・。
 
 留学先で、どうやって、
 どの講義を受講する手続きをするのかとか、
 そもそもビザの件も放り投げるだとー!!)
 
 
仕方がないので、
全部自分で手続きをしていったわけですが、
留学前は良かったんです。
全て日本での対応だったから。
 
 
イタリア大使館って言っても、
日本語通じるし。
問題はイタリアについてからでした。
 
 
ミラノでの住処は、
留学先の大学の外国人寮。
 
 
ミラノのDuomo(ドゥオーモ)から
歩いて5分ほどの街中にありました。
 
 
ぼくが留学していた2003年には、
まだスマホなんてなく、
今のようにGPSで現在地を確認なんてで来ません。
 
 
ミスタM:
「Hello, How can I get….. 
(こんにちは、◯◯大学に行くにはどうや・・・・」
 
 
通りすがりのイタリア人:
「NO! English… (英語しゃべられへん!)」
 
 
(なにー、英語があんまり通じない。。。
 速攻で拒否されるやん!
 ここはイタリア語で攻めるしかねー!)
 
 
ミスタM:
「Mi scusi, Voglio andare a università ◯◯
(すいません、◯◯大学に行きたいのですが…」
 
 
通りすがりのイタリア人:
「Ciao… (チャーオ!ペラペラペラぺら)」
 
 
(イヤイヤ、早い早い!分かんないから!)
 
 
そう思いながら、
少ないチャンスに食いつくミスタM。
 
 
身振り手振りで、
右行ってまっすぐ行って・・・
みたいなことを聞き、行ってみました。
 
 
結果、全然違う場所。
なんか明らかに違う。
 
 
仕方がないので、
また聞き込み。
 
 
(ペラペーラペラペーラ)。
そしてまた行ってみる。違う。
 
 
(ペラペーラペラペーラ)。
行ってみる。違う。。。
 
 
4回目ぐらいで、
やっと気が付きました。
みんなが嘘ついてるということに。
 
 
だけど、悪気があって
嘘をついていないんだなというのは、
すぐにわかりました。
 
 
5回目に捕まえた
通りすがりのダンディなイタリア人。
 
 
◯◯大学の場所を
詳しく知らないとのことでごめんね。
ということだったのですが、
そのおじさん曰く。。。
 
 
ダンディおじ:
「みんな知らないって言いたくないから、
 適当なこと言うので気をつけて」
 
 
(な、なにーーーーーーーー!!)
 
 
イタリアに行って、
初めて覚えたいと思ったイタリア語は
「たらい回しにしないでください」。
 
 
辞書で調べてみたけど、
記載がない。
 
 
ああそうか。
そもそもイタリアには 
”たらい “ がないのか、そもそも。
 
 
と、妙に納得した
ぼくの留学初日。
結局、学校にたどり着けず。。。
 
 
 (つづく)

 


(写真)Nasi Ayam(ナシアヤム)が有名なお店。マレー語でNasiはごはん。Ayamがチキン。ココナッツミルクで炊かれたご飯とチキンの料理ってことですね。大人2名、子供4名。しかもおかわりとかして、全員でRM40程度(約1,000円)

 


● ミスタMの起源

イタリア・ミラノへデザイン留学をする。
 
そのためには、
試験に合格して採用される必要がありました。
 
 
試験の内容は、
イタリア語と面接のみ。
 
 
攻略するべきは、
まずは未知の言語、イタリア語でした。
 
 
イタリア語攻略のため、
イタリア人との人間関係づくりには成功。
 
 
生のイタリア語を学ぶ環境は
作ることができたのですが、
テストとなると話は別。
 
 
何しろ交換留学の制度が
開始したばかりなので前例がありません。
 
 
どんなテスト問題になるのか?
全くわからない状態だったんです。
 
 
だから、ぼくが次にやったことは・・・
責任者の先生を攻略すること。
 
 
イタリアの
有名デザイン事務所での勤務経験があり、
イタリア帰りだった教授が、
交換留学の責任者だという情報をゲットし、
早速その教授に会いに行きました。
 
 
ミスタM:
「先生、イタリア語の試験ってどんな感じですか?
 未知の言語すぎて、勉強の仕方が全く分からないので
 教えていただけませんか?」
 
 
ミスタM:
「先生!イタリアとか周辺で
 すごく良かった場所とかってありますか?
 デザイナーとして、見ておいたほうがいい
 美術館とかあります?」
 
 
とにかく接触回数を増やそうと、
暇があれば教授の部屋に潜り込みおしゃべり。
 
 
一緒に飲みに行ったりすることになり、
イタリア話を聞きまくりました。
 
 
そしてついに、
教授の口からポロリと出た言葉。
 
 
教授K:
「Mくんは、イタリア語勉強してるんだったら、
 NHKが出してる「イタリア語検定」ってのがあるから、
 それを勉強してみるといいよ」
 
 
キターーー!!
これだーーーー!!!
 
 
そこから、
教授Kがポロリした「イタリア語検定」。
 
 
調べたら過去問なども豊富だったので、
過去20年分の問題を勉強しまくり。
 
 
分からないところは、
当然イタリア人に聞き、
Ah Ha- と理解を深めていきました。
 
 
他のみんなが、
「1から始めるイタリア語」
みたいな参考書を勉強しているのを横目に、
ぼくは「イタリア語検定」を中心に勉強。
範囲を絞り込みました。
 
 
そして・・・試験当日。
 
 
某旧帝国大学の学部生、大学院生。
総勢100名近くが
たった2つの交換留学生の枠を
争い戦う試験会場で、
ぼくは「心の中でガッツポーズ!」
 
 
なぜなら、
ぼくが勉強していた
過去のイタリア語検定の問題。
 
 
全くそのまま出題されたんです。
 
 
(教授・・・試験問題に手を抜きすぎ。
 ありがとうございますw)
 
 
リスニング問題ですら、
問題が読まれていないのに
答えが分かってしまう始末。
 
 
60分の試験時間の中、
開始5分で回答が終わってしまいました。
 
 
残りの55分間。
ニヤつくのを我慢しながら、
考えている振りをして過ごし。
 
 
100点はあやしいか?と思って、
わざと1つだけ間違い、
計画通りの96点。
 
 
面接試験の方は、
責任者の教授Kが面接官だったので、
 
 
「Mクン。君にはもはや聞くこと別にないや」
と雑談だけで終了。
 
 
さすがはイタリア帰りな教授。
ぼくにとってはありがたい適当さ。。。
 
 
こうしてぼくは、
ミラノ留学を勝ち取ることができたのでした。
 
 
ちなみに、もう1名の合格者、
学部を首席で卒業した
秀才な大学院生でした。。。



(写真)マレーシア・ジョホールバルで開催された「盆踊り」。実は毎年やってるんですよ!

 

● ミスタMの起源

R:Ciao Mr.M. Come stai? Dove andiamo stasera?
(チャオ!ミスタM。今夜はどこにいく??)

某旧帝国大学のひとつで、デザインを学んでいた大学生時代。結構な確率で、一度は思ったがあるであろう「留学したいな」という願望を、ぼくも持っていました。当時のぼくは、デザインのことしか考えてなかったので、もちろんデザイン留学を希望してました。

大学3年生になったある日、突然、通っていた大学が、イタリア・ミラノの某デザイン大学と交換留学制度を締結!若干2名ほど募集が出たんです。

これだーー!!!と思ったぼくは、早速、本屋に繰り出しイタリア語の参考書を購入。試験勉強を始めました。

Ciao ! Mi chiamo Mr.M
こんにちは。私はミスタMです。

(ふむふむ・・・。いや、普通に分からんし。動詞がいちいち人称によって変化するとかわけわからんし!みんな頭いいからなー。普通にやってたら勝てないなきっと。。。)

そう思ったぼくは作戦を変更して、「イタリア人と友達になって教えてもらおう大作戦」を決行。イタリアから留学に来ていたイタリア人を捕まえるため、声をかけに行きました。

声をかけたのは、「史上最強のライダー」との呼び声も高いロードバイクレース界の至宝ヴァレンティーノロッシ(イタリア人)似のガチイケメンイタリア人「R」。話しかけただけで、人間は平等じゃないことを教えられる感じです。。。

なぜ「R」に声をかけたのかといえば、まだ日本に来て日が浅いのを知っていたから。ぼくは、積極的に世話焼き日本人を買って出たのでした。

最初に(いや、実際は最初から最後まで)やったことは、クラブ巡り。当時、ダンサーとしてクラブでダンスイベントとかに出ていたぼくは、それなりにクラブに詳しかったんです。

あとは簡単でしたw。そもそも「R」の見た目スペックが高すぎて、連れていくだけでもうぼくのお仕事は完了。勝手にモテてます。噂を聞きつけた他のイタリア人も引き連れ、一時期「ミスタMのクラブガイド」が開催されていました。(本当は、ぼくのガイドがいいのではなく、「R」を始めイタリア人ブランドが、日本で効果を発揮しているだけなのですが・・・)

そんな感じでイタリア人の人脈を広げたぼくは、その中の1人、多言語を操る秀才「M」からイタリア語と日本語の教えあいをするようになりました。

イタリア人の人脈作って、ガチで教えてもらう!しかもお金ないから別の対価で!これは狙い通りうまく行きました!

さらに、クラブでイケメン&美人なイタリア人集団。プラス副産物的に広がった外国人集団に「ヘイ!ミスタM」と声をかけられるようになり、他の日本人から羨望の眼差しを受けるようになったのでした(完全に棚ぼたw)

(つづく)

(写真)マレーシアでも流行っているタピオカ!中途販売に日本語にしようとするから、そんなことになるやん・・・

 

● ミスタMの起源

小・中・高と野球を続けてきたぼくは、ずっとキャッチャーをしてきましたが、小学生の時には、県大会で優勝。九州大会にも出場したりしていました。しかし、冷静に考えて『圧倒的なピッチャーがいた』ことが勝因の90%。ぼくはほぼ貢献してません。

中学生になると、小学生時代は圧倒的だったピッチャーが、体の成長が伴わずちょっといいピッチャーになり。。。勝てないことが増えてききました。キャッチャーとして焦ったぼくは、配球について学び、打者心理を研究開始。県で優勝は出来ませんでしたが、上位には食い込むことができるようにはなりました。

さて。問題は高校です。。。正直、高校で野球なんてするつもりがなかったぼくは、野球推薦の話なんてすべて断り、某進学校に入学しました。先輩などの縁もあり、野球部には入ることになったのですが、心から『甲子園を目指す!』とは、正直思えなかった面子(もちろん自分も含めて)。

それでも、どうせやるなら勝ちたい!とキャッチャーとして。またはキャプテンとしてできることはトライを開始。

近所のジムに懇願して、ピッチャーの筋トレメニューを作成したり。担任のお友達にメンタルトレーニングの先生がいるというので、懇願してチーム全員で指導をしてもらったり。筋の通らない監督の指導に噛み付いて、殴られたり(あ、これは違うかw)。

すぐに効果が現れた・・・ってかっこいいこと言いたいですが、全く効果は出ず。勝てない時期がずっと続きました。そして、ある日。部活帰りに田んぼ道を自転車で帰宅していた時、気がついてしまったんです。

 

『あ、おれどんなにリード(配球)や、
相手バッターの研究しても。
うちのピッチャー全くコントロールないから、
限界ありすぎ。。。』 

 

ここから、ぼくはピッチャーとのコミュニケーションを頑張るのと別軸で『審判を攻略すること』を考え始めました。

まずは、審判員の名前を覚えるところから。キャッチャーは審判に1番近いところにいて、コミュニケーションが取りやすかったんです。「◯◯さん、こんにちは!」とあいさつをしっかりするところから始まり。もちろん審判ごとの癖も研究。

挙げ句の果てには、試合後に「お茶菓子とドリンク」をお礼に持っていくなんてことをしていました(試合前に一度持って行ったら、賄賂か!と受け取ってもらえなかったw)。

ぼくの記憶によると、この審判さんとの人間関係づくりで、高校3年生最後の夏の県予選で・・・1試合で4ストライク!は稼ぐことができました。。。言葉は交わさずとも、審判の目を見れば分かりますw(おまけだよ!みたいな目)

たった4ストライク。されど4ストライク。1点を争う試合だったら、勝敗を決定づける要因になり得たかもしれません。

・・・が結局、5点差をつけられ、あえなく初戦敗退。おれの努力ぅぅぅぅぅぅぅぅ。。。

いま思っても、おもしろいアプローチだったなぁとは思います。

でも、もし本番で知らない新人審判がきたらどうするつもりだったの?そもそも「試合に勝つ」ことを目的にした場合、審判攻略の優先順位は上位に持ってくるものだったの?とツッコミどころは満載。

冷静に分析をすれば、なんか小手先で問題を解決しようとしていたとしか思えないですね。ちくしょうめー。


(写真)軍師・孔明さんも住むマレーシア・ジョホールバルに二人の修羅が集結。孔明さん主催のゴルフに御誘いいただき、4人でビジネストークをしながら9ホール



 

 

● 融資戦略の基礎(15)

軍師・孔明:「順番についてもっと真剣に考えて!」

軍師・孔明さんから、そう仰せつかったぼくは、『順番』を意識するようになりました。一日の行動に対してもだし、中長期での動き方についてもです。自分だけではなく、妻や子供たち家族にも考え方を共有して、『家族全員成功シンドロームOS』プロジェクトの真っ最中でございます。

話が逸れましたが、そう。『順番』。生き残り続ける経営戦略。銀行融資戦略を進めるうえでも、やっぱり『順番』が大事ですね

 

 

 

無駄な節税の意味は?

日本中でもてはやされている『節税』。いろんなやり方があると思いますが、大きく分けると、3つに分かれると思います。

1. 攻めの節税
2. 守りの節税
3. ただの無駄づかい節税

『攻めの節税』とは、来期の事業プランを遂行し、より会社を成長させる(利益を残していく)ために行うキャッシュアウト(支出)のこと。来季にどうせ払うのだから、事前に今期で支払いを立てて、今期の利益を圧縮=節税しようということです。

『守りの節税』とは、会社の成長(利益)には直接的に関係ないけれども、仮に会社の調子が悪くなった時のために使う支出。例えば中小企業倒産防止共済とかですね。

『ただの無駄づかい節税』というのは、いわゆる・・・わっしょいわっしょいと、無駄な支出を無理やり増やして、節税することです。将来の会社の成長にも、守りにも全く繋がらない支出。はい。単なる無駄遣いです!

こう書くと、(1)攻めの節税(2)守りの節税 であればいいやん♪というように見えますが、全部お金が出ていってますからね。。。

支出をして節税をするということは、会社の『経常利益』を圧迫します。当然、税引後の利益である『純利益』も圧迫します。そして『純利益』が圧迫されるということは、資本(=純資産)が増えないということになります。

資本主義社会は、文字通り「資本」が「主義(正義)」ということ。「資本」が多い方が、俄然有利な社会です。『純資産』が少ないと、銀行融資も調達しにくい状況が出来上がります。銀行から資金が調達できなければ、利益にも影響してきますし、会社自体の体力もつけにくくなっていきます。

特にスタートして間もない場合は、目先の節税よりも、銀行融資も含めた影響を考えて会社の体力をつけることを優先するべきだと思います。

(写真)「おでんあり」「おでんなし」でレジが分かれているマレーシアのファミマ。なんでそんなにおでん特別扱い!?かと思ってたら、どこのファミマでもおでん売れてるw


デキる担当Kさん:
「正直行って、僕は社長の人柄を見て
 融資実行してるんですよ。
 むしろそこしか見てないと
 思ってもらっていいぐらいです!」
 
 
ビールで乾杯後、
芋焼酎の五合瓶も半分以上なくなってきて、
ほろ酔い状態になってきた頃。
 
 
突然、銀行の担当者Kさんに
言われたこと(実話)です。
 
 
ミスタM:
「いやーありがとうございます!
 Kさんが担当で、ほんとめっちゃ運がいいです!」
 
 
なんて言いながら、
心の中になんだか・・・
ざわつくものを感じていました。。。
 

決算書なんてどうとでもできてしまいますからね!

 

さすがはデキる担当Kさん。

・決算書なんて、
 所詮は過去の数字。

・決算書なんて、
 どうにでもできるし、
 全てを調べることは銀行にはできない。
 
 
・・・ご、豪語していました。
 
 
実際、その通りなんですよね。
決算書なんてどうにでもなるし、
決算書が上がった時点で、
その数字は全て過去のもの。
未来を確約しているものではありません。
 
 
80年代までの銀行は、
決算書を頼りに与信審査をしていたようですが、
過去の経験からリスクマネジメントのノウハウを高め、
 
 
現在では
財務諸表では現れないデータも
重要視するようになっています。
 
 
難しい言葉を使うと・・・
『定量情報』と『定性情報』
 
 
『定量情報』
過去の売り上げや利益率など、
数値として現れるデータ。
これは決算書などの財務諸表を見れば
わかる情報ですね。
 
 
『定性情報』
将来の事業計画や取引先の状況、
社長の方針、人間性、考え方など。
数字としては表せない情報。
 
 
『定量情報』に関して、
もはや数字を入れれば
 
 
「会社の格付」が
ポーンと算出されるシステムなんて、
とっくの昔に構築されています。
 
 
ここにさらにA.I,なんて入ってきて、
高い確率で会社の将来が読めるようになっていく。
 
 
そして、銀行員の仕事自体が、
どんどんA.I.に奪われていってしまうのでしょう。。。
 
 
ただし、『定量情報』には
絶対にあわられない『定性情報』があるわけです。
 
 
銀行の担当者や支店長と
仲良く人間関係を作っているのは、
『定性情報』を渡して
評価してもらうためと言ってもいいと思います。
 
 
『定性情報』を与えない
=人間関係作らない
=『定性情報』に割り振られた得点0点
 
 
例えるなら、英語のテストで、
全体の得点の30%を占める長文問題を捨てる!
みたいなイメージですね。。。
もったいない。

 

要は、ぼくは『融資に積極的な銀行』とお付き合いがしたい。それも1行だけではなく、2行、3行。ハーレム状態を作りたいラブんです!!!(デデン!)

・・・てなことを考えていたら、当然『融資に積極的な銀行』ってなんだろう?という疑問にぶち当たりました。

そこで少しまとめてみました。
 

 

預貸率高い方が最初は有利!

『預貸率』。初めて聞いた時には、なんじゃそれ?という感じでしたが、読んで字のごとく。預金残高に対する貸出残高の割合。計算式で書くと以下の通りです。

預貸率(%)=貸出残高÷預金残高×100

預貸率が小さいということは、基本的に分子の「貸出残高」が少ないことを意味します。逆に預貸率が高ければ、融資に積極的だと捉えることもできます。なので、特に最初は預貸率の高い銀行とお付き合いを開始する戦略はいいと思います。

なぜ最初は・・・なのか?

この辺りは、なぜ「預貸率」がこんなに違うのに、やっていけるんだろう?○○銀行は高くて○○銀行は低い。なんで??って考えを巡らせていくのが、必要かもしれません。ぼく自身、今でも軍師・孔明さんにズバッと質問をされることで、鍛えられているようなことが多々あります。

考えがまとまったら。もしくは質問とかありましたら、『ミスタMのおしゃべり面談』で聞かせてくださいね。


○ 預貸率についての参考リンク
国内銀行111行「2019年3月期単独決算 預貸率」調査
金融機関の預貸率と不良債権比率の推移


(写真)娘が1日だけ入院したマレーシア・ジョホールバルの病院。全体的に超キレイです!!

 

「創業融資に地理的に有利な場所ってあるんですか?」

どこで起業するのか?ということは、結構大きな問題。これだけ通信網も移動手段も発達している今、場所の自由度はとても上がっています。有利でチャンスがあるなら、沖縄でも北海道でもゴーゴゴー♪ぐらいの柔軟さは必要かもしれませんね。

何のビジネスをするのか?によっても、東京がチャンスなのか?地方がチャンスなのか?という違いは出てきますが、これは『融資』でも同じなようです。地理的な差が、確かに存在していると思いますガーン


単純に行って《東京は甲子園、地方は地方予選》合格

東京は、日本中の貸出残高の30%以上のシェアを占めるほどですので、ものすごい額の融資を実行しています。けれども融資先は名だたる企業を筆頭に、甲子園を戦うべく鍛え上げられてきた企業ばかりです。

一方、これは実体験ですが・・・ぼくが妻を代表にして作った1社目の法人は、某地方都市でして、融資の話をしに伺ったら、「よくぞ来てくれました!!!しかも女性経営者キター笑い泣き 神降臨 笑い泣きぐらいの勢いでお出迎えされました(笑)

東京がダメというわけではありません。東京は、○○区独自の支援制度とかたくさんあります。知り合いの経営者は、金利全額負担の制度を使って、創業時に金利0%で融資を借り入れしていました(スゴイ!)。地方に比べてお金はありますので、サービスは充実しています。

ただし、実際に考えるべきは《実質競争倍率》!さらには創業時だけではなく、継続して事業を継続していった時の、自社のポジショニングの取りやすさも検討した方がいいですね。

そう考えると、業種・業態にもよると思いますが、ぼくは法人を地方で登記してよかったなと思っています。


(写真)先日解禁した「家庭内の商売活動(父母限定)」の一環で、長男はコーヒー豆を今まで貯めた自分のお金で仕入れ。いくらでコーヒーを販売するか?原価がいくらで利益がいくら?全部一緒に計算。

写真の250gの豆から25杯のコーヒーをぼくか妻に販売すれば、RM50(約1,300円)の利益が出る計算です。原価率58%。ついでに売上台帳と仕入帳もつけ始めています!

(1)お金を貸すと、
   貸した金額以上のリターンを
   回収できないリスクが付きまとう
 
(2)お金を貸さないと、
   利息という売上を上げることができず、
   商売が成り立たない
 
 
「お金を貸す」ことを
生業にしている銀行は、
常にこの矛盾を抱えています。
 
  
適度なリスクを取りながら、
利益を最大化していくこと!
 
 
でも一体「適度なリスク」ってなんなの?
これを突き詰めていくのが、
《リスクマネジメント》ということですね。
 
 
 
 

●●● 何を金利交渉してきてんねん!って感じですよ(怒)

 

酔った勢いで
本音をポロリしてくる担当Kさん。
 
 
どうやら金利の交渉をしてくる
社長さんが多いらしく、
 
 
しかもそんな社長の企業に限って、
『いやいや、むしろ融資出していることに
 感謝して欲しい経営状態ですよ!』
という感じらしいです。
 
 
《リスクマネジメント》の基本から見ると、
本来はもっと融資先の信用リスクに応じて、
金利に差をつけたいってのが銀行の本音。
 
 
例えば、100回融資をして
1回は返せないことがある人には、
返せない分を見越して1%を上乗せして
返済してもらう。
 
 
5回に1回返せないような場合には、
20%を上乗せして返済してもらう。
 
考え方としては、こういうことです。
 
 
デキる担当Kさん:
「あなたのところ、
 本当は10%ぐらいの金利はもらわないと、
 こっちとしてはリスク高すぎなんですよ!
 それなのに、金利交渉してくるなんて
 何考えてるんですか?
 
 ・・・って本当は言ってやりたいですよ!」
 
 
まぁ、Kさんの仕事の愚痴は
さらりと聞き流すとして、
 
 
気になったのは、
そんな状態の会社にですら
融資をすると決まれば、
 
 
3%台といった
普通より少し高い金利で
貸し出すということ。
 
 
1%台の人もいれば、
20%台の人もいるというような
状態ではなく、
 
 
一定と言ってもいい水準で
金利が調整されているということです。
お国の力が働いていますよね。
日本優しい!! 
 
 
未来のリスクを
金利で調整できないとなれば、
そのリスクは銀行が
丸かぶりしている状態にあります。
 
 
そこで、トータルで借りている額と
返済の実績である《取引実績》が
重要になってくるんです。
 
 
《取引実績》は、
一朝一夕では作れません。
どうしても時間がかかってしまいます。
 
 
だから、借りられる時に借りて
《取引実績》を積み上げる
ということは超重要。
 
 
金利は銀行へのプレゼントであり、
未来への投資だと思っています。

ミスタM:
「ぎーんこーうは『お金貸し』ー♪」


心の中で変な歌を歌いながら、
子供と一緒に公園へ歩いている途中。


『貸倒れする企業って絶対あるのに、
銀行ってどうやって
全体で儲かるようになってるんだろう?』


という疑問が浮かんできました。


銀行だって一つの企業。
銀行の統合などがどんどん進んでいる現在、
どの銀行もよりきびしく
利潤を求めているはずです。

 

バブル崩壊の経験から発展した金融工学

現在の銀行は、
最新の金融工学を使って、

融資先の信用リスク
(貸し出したお金を回収できないリスク)
を測っています。


そのためのデータベースや技術が
発展しているようです。


けれども
現在ほどの金融工学が
発展していなかった
バブル崩壊前の日本は、
どうだったのか?


かの時代、
銀行が最も重要視していたのは
『担保』だったようです。


『有担保主義』といわれていますが、
その背景にあったものは、
 

バンバンあがりつづける
土地の価格だったり、
日本全体の産業構造だったりしました。

モノを作れば作るほど
売れていた時代では、
『工場を作ってモノを作って販売!』
というのが主要な産業だったので、


工場を担保に資金を提供する
という銀行の『有担保主義』は、
産業とマッチしていたみたいですね。


けど、バブルが崩壊してしまって、
銀行が担保として確保していた
土地や不動産の価格が
急転直下の大暴落!大損害を
被ることになってしまいました。


この経験から、
『有担保主義』だけで
融資の判断(与信判断)を行うのは危険だ!!!
という考えが生まれ、
金融工学がより発展してきました。

全体として
適度なリスクを取りながら、
大きな利潤を得るための
『金融工学』



なんですねー。なるほどー!


(いやいや、
そんな小難しい歴史の授業みたいなん
いらんわ)


という声が聞こえてきそう。。。


でも、こういう話。
意外と銀行員さん好きなんですよねー。


そりゃ本業ですから。
飲み会のとき、相手に気持ちよく
話してもらうネタなんかに・・・
使えたり・・・しますよw。 

 


(写真)家族で今月のスケジュールを確認中。
長男は、習い事や勉強のプランニングを
カレンダーに落とし込み。

今月は残り10日を残して
「やるべき事」は全て終わる
スケジュールを立てたようです。

自分で勝ち取った余った10日間は
ゲームだって自由です。

そして、長男が楽しそうにやれば、
下の子たちも真似っこ。

少しずつですが、
いい循環ができてきた気がします。