ろう運動の歴史
今週の火曜日、サークルで講演会がありました。
地域の聴覚障害者協会の会長さんをお招きしての講演会です。
ろう運動の歴史についてお話しいただきました。
明治、大正、昭和といろいろな形でろう教育がなされ、戦後、ろうあ団体の誕生、身体障害者福祉法の制定施行、なぜ旧国鉄運賃割引制度が開始されたか、それに伴って「手話の分かる福祉司を!」の全国的な運動。
そして、地域のろう協会の結成。
その後各地での手話サークルの誕生、東京都手話奉仕員養成事業の開始、手話通訳派遣事業の開始と手話学習、ろうあ運動の四本柱、世界ろう者会議の日本開催、手話付き街頭演説会、道路交通法の改正、等々。
今現在も、テレビで政見放送が放映されています。そこには手話通訳がついています。
どうして手話通訳がついているのでしょう?なぜ字幕ではだめなのでしょう??
是非一人一人が考えて欲しいと思います。
手話サークルというと、どうしても手話の技術に重きを置きがちです。
けれども聞こえない人達がどのように運動し、どのように現在の権利を勝ち取ってきたかを学ぶ必要があると思います。
車の免許証は、始めから取得できたわけではありません。準禁治産者から「聞こえない者」が削除されたのも、「手話通訳士」が誕生したのも偶然に起こったものではないのです。現在の政見放送に手話通訳がついていますが、簡単につけてもらえたのでしょうか?
今までの道のりは決して簡単ではありませんでした。
そこには先輩の聞こえない人達とそこに関わる人達の血のにじむような努力と忍耐がありました。
そして運動を起こし、裁判を起こして勝ち取ったものです!!
そのような歴史を知ることはとても大切だと思います。
また、私たちが手話を勉強している意味はなんでしょう?
「手話がうまくなりたい!!」
では、「なぜ手話が上手くなりたい!!」のでしょうか?
その理由は一人一人違うと思います。
でも、「手話」は聞こえない人の言葉です。
そこには「聞こえない人」なくして「手話」はありえないのです。
私が手話を続けている理由。。。。。
それは、そこにいる聞こえない人と話がしたいから
向き合っている人ときちんと自分の言葉で話がしたいから、手話を続けています。
みなさんはなぜ手話を学びつづけているのですか?
キャンドルスタンド
ブログにアップするのをすっかり忘れていました。。。
今回、蝋の灯り展で使わせていただいた、トロワトレーズさん( http://ameblo.jp/trois-treize/ )のキャンドルスタンドです。というか、キャンドルスタンドにも使えます。
中に花瓶を入れればすてきなお花が生けられます~
わたしは今回キャンドルスタンドとして使わせていただきました。
模様から溢れてくる灯りがとてもすてきです!!








