では、話したいと思います。
最近、僕の友人の父が亡くなりました。
いきなりですいません。でも、いきなりだったんです。
そんなこんながあって最近忙しかったりもあってツイッターもラインもあんまり返せてません。申し訳ない。
別に悲しいとか辛いとかじゃなくて、一番に思ったのはやるせなさです。別に僕からしたら不謹慎かもしれないけど赤の他人です。でも、その友人のことを考えると胸が苦しくなって泣きそうになります。なんて声をかけたらいいのかわからなくて、結局ラインで長文を送ってしまったけど、あれでよかったのかどうかは僕にはわかりません。でも、僕にできるのはなにもない。それのもどかしさがたまらなかった。なんとかしてあげたかった。でもどうにもならない歯がゆさでもうどうとでもなれという感じで無気力です。
僕にはどんな災難や不幸がきても百歩譲っていいんです。でも、友人にくるのだけは耐えられない。そんな思いです。なぜなら僕が友人だと思える人は少ないから。そんな大切な友人を放っては置けないでしょう?
日常。それはなんともない平凡で平穏な日々なのかもしれない。ありきたりすぎて、溢れすぎて、とどまることを知らない幸せの流れる川なのかもしれない。そんな退屈な日常がずっと続けばいいと思う。たまには刺激が欲しい時もある。けれど、退屈な日常にあぐらをかいてもいいんではないか。僕はそう思う。
退屈な日常。それはつまらないものかもしれない。けれど、そんな日常と呼べるものが幸せそのものなんじゃないかな。大切なのはそれに気づけることなんじゃないかな。
何事も気づいたら遅いことが多すぎる世の中で、僕は先を見ていたい。
退屈な日常、つまらない日常、そんな日常と呼べるものに僕は感謝をしたいです。
つまらないと感じれる生きている実感がある。食べ物があって寝るとこもある。お金も多少はあってなに不自由ない生活ができる。そんな日常に住めるのが僕のちっぽけな夢です。