わたしの家は、問題の家で、おやじが、他人の心を思うことができない人でした。こんなことを行ったら悲しいだろうなとか、こんなことをしたら悲しいだろうかとかを感じないのです。

ですから私は、幼稚園に入るころから、毎日いじめられ、文句を言うと、出て行けと言われました。子供にとって、家を出て行けということは、死ねということです。ですから、絶対に反論はできませんでした。そして、他人は信用するなと、毎日60年間言われました。

そのころは、親のいじめに良く強迫性障害という認識が、医学界でもなかったので、私は、自分が神経質すぎるのだろうと思っていました。厚労省が、今日はくせい障害を認めたのは、5年ほど前です。

わたしは結婚するにも、同じことを100回やるとか、炭鉱本を読むのに2か月かかるとか、好きな子に説明できなくて、結婚できませんでした。知らんふりをしていればいいのですが、私は、本当の私を知って付き合ってほしかったのです。

でも、その話をすると、30人は友達が去って行きました。

68歳で3日漢方薬飲んだだけで、60年苦しめられた病気が治りました。

でもその時には、私の人生は終わっていました。

今、中島みゆきさんの時代を聞いていましたが、私には、あんな時代もあったねという時代がないのです。苦しんだ時代一つです。

今、右手がしびテレ、明後日入院して、手術しますが、それを言う相手もいません。うんがわるいことに、3月から6月まで、マンションの真下の階で、完全に、すべて取り去って作り直す、るフォームをやったいます。昼だけ行けるときは、ネットカフェで過ごします。でも、手術した後は、左手しか使えないので、うるさい、部屋で我慢するしかありません。いつか、統合失調症になりそうです。

それも、話す相手がいません。最後の手段は、自殺するつもりです。

おやじを、小学生のころ殺しておけばよかったのですが、その時は、自分が悪いと思って今した。

生まれてきた目的も果たせずに死んでいきます。