母校がセンバツ高校野球に出場する。春夏を通して初めてのことだ。徳島県立城東高等学校は「21世紀枠」で選ばれ、女子マネージャーを含み今大会最少の13人で甲子園の土を踏む。創立120年あまり、瀬戸内寂聴さんの出身校であることをOB陣のおそらく99%は誇りとしているであろうし、私は「二学年上にチャットモンチー(ロックバンド)がいたよ」と触れ回りたい"期"である。
現校舎は徳島で言うところの「都心」に、徳島で言う「都会的」な佇まいで建っている。しかし、私はその校舎で1日たりとも過ごしていない。三年間まるっと、改築工事をしていたからだ。
「グラウンド掘んりょったら、土器ようなんが出てきたんよ。」
「え、ほな丁寧に掘っていかなあかんでぇ。」
というようなやり取りがあったかどうかは知らないが、埋蔵文化財発掘工事も加わる長丁場となり、騒音と土埃の三年間を過ごすことになった。
当時の学び舎は、伝統をこれみよがしに感じさせていた。板張りの廊下は一歩踏み出すごとにギィと鳴き、本来は一直線のはずなのに前後左右に波打っていた。加えて、天井から下がる丸いアナログ時計がこころなしか重たげにゆがんでいるように見え、サルバドール・ダリの絵画を思わせたが、感動はない。
また、校舎と同時に制服も一新された。旧制服は、男子は学ラン、女子は紺のジャンパースカートにブレザー。野球漫画「タッチ」の「南ちゃんが着ている制服」と説明して分かってもらえる世代は平成のどこまでだろうか。他校の生徒から「鎧みたいな制服」と言われ、確かに胴や胸の部分がしっかりとガードされているなと膝を打ったことが忘れられない。
校舎は古いし、グラウンドは使えないし、夏の鎧は暑いしと、ピカピカの校舎でスマートな制服を着て過ごせる後輩を羨んだものだ。しかし、いくら建物や制服が好ましくても、ここ数年の高校生活の窮屈さは想像するに余りある。当時私がいじけていた諸々が桁違いにくだらなくて申し訳ない。この未曽有の体験を逃げ道にせず、まっすぐに歩み続けて手繰り寄せた甲子園。彼らは校史を変え、女子マネージャーのノックは甲子園の歴史を変える。そして、昔も今も文句タラタラの私に、冴えない日々を変える力を教えてくれているように思う。
※女子部員のノックが今大会から初めて認められました。城東高校野球部は少人数のため練習でのノックはマネージャーが打っており、彼女はオーケストラ部出身
手をまめだらけにして特訓し、チームを支えた彼女は甲子園でもノッカーを務めるそうです!