伊藤和磨オフィシャルブログ Powered by Ameba

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腎機能低下とシャント

 

母は、若い頃から腎臓の機能が芳しくありませんでした。

父が食事制限に無頓着だったこともあり、昨年春頃から体重が急激に増加。
夏には、少し動いただけでも息切れするようになり、特に足首の浮腫がひどく、象のような脚になっていました。

昨秋、定期的に血液検査を受けていた病院から、「至急、腎臓内科のある病院で精密検査を受けてください」と強く勧められました。

 

甥の付き添いで検査を受けた結果、eGFR(推算糸球体濾過量)は 6

15未満で末期腎不全です。

 

腎臓内科医からは、

「即入院して、すぐ透析を始めないと、いつ心肺停止になってもおかしくありません」

と告げられました。

 

 

 

入院継続か自宅か

 

もともと認知機能が低下しており、要介護4の認定を受けています。

このまま入院が長引けば、確実に認知症が進行する――そう感じました。

 

医師からは、

「eGFRが6から4まで下がっています。
頸動脈からカテーテルを入れて、すぐ透析を始めるべきです」

と強く勧められました。

 

しかし、89歳の母に頸動脈カテーテルはあまりにもハイリスクです。

さらに、

「この状態では、2週間以内にご自宅で亡くなる可能性があります」

とも告げられました。

 

それでも私は、「それでも構いません。ここで死なせるわけにはいきません」

と断り、2日後に自宅へ連れて帰りました。

 

命は大切ですが、入院が長引くほど、生きる気力が失われていくのも事実です。

認知機能がさらに低下して、人の顔が判別できなくなってしまったら元も子もありません。

 

脚の浮腫とマッサージ

 

帰宅を決断できたのは、

  • 家族全員でサポートできる環境がある

  • 私が毎日、母の身体をケアできる

という条件が揃っていたからです。

 

 仕事から帰宅するのは毎晩22時過ぎ。そこから全身のマッサージを行いました。

特に歩行を妨げていたのは、足首と膝の浮腫。
まずはそこから徹底的にケアしました。2回ほど施術すると、浮腫は明らかに改善。

 同時に腎臓病食の宅配を導入し、食事制限を徹底したことで、
体重は約10kg減少しました。

 

  

 

歩くスピードは見違えるほど速くなり、
本人も「とても楽になった」と喜んでいます。

※浮腫の根本原因は腎機能不全にあるため、完全に治すことはできません。

 

1月5日の再検査では、eGFRは横ばい。

甥は医師から、

「過度な期待はできませんが、わずかな好材料です」

と言われたそうです。

 

    

                                      塩分、カリウムを最小限に減らして、ときどきは好きな物を食べる

 

認知症と首の血流

  

寝ている時間が長い高齢者の首・肩・背中は、驚くほど硬く強張っています。

 

これを緩めると、明らかに元気になる――私は臨床経験からそれを知っています。

特に後頭下筋群の鬱血と緊張を緩めたときの反応は、毎回驚かされます。

 

普段、クライアントさんに行っているケアを、母にも実施しました。

すると――まるで別人のように元気になりました。

 

 

 

 

 

3分前の記憶が怪しかったのに、2週間前の出来事まで明確に思い出すようになりました。

表情、声の張り、声量。
すべてが変わりました。

 

アルツハイマーや認知症は脳の高次機能障害が原因ですが、それでも頸部・後頭部の血流改善が一定の効果を持つことを、
私は確信しています。

 

  

 

理想的なゴールをイメージ

どれほど家族が頑張っても、機能不全に陥った腎臓が正常に戻ることはありません。

父は人工透析に絶対反対です。

「人は自然の流れで死ぬべきだ」
「管につながれてまで生きる意味はない」

そう考えています。

 

この考え方は、私も父に近いものがあります。

 

母は、浮腫が改善し、首の凝りが取れ、認知機能が回復したことで意思表示がはっきりしました。

しかし同時に、入院と透析を強く拒否するようにもなりました。

 

セカンドオピニオンの病院でも、本人は医師に対して明確に拒否したそうです。

無理に本人の望まない治療をすることはできません。

しかし、何もしなければ心肺停止や肺水腫のリスクは確実に高まります。

 

本人に説明しても、どこまで理解できているかは分かりません。

時々、「食べたい物を食べられないなら、生きている意味がない」

と、ぽつりと口にします。

 

本当に悩ましい問題です。

 

「長生きしてね」も大切ですが、
それ以上に――

最期をどう迎えるのか。
そのゴールイメージを家族で共有すること。

それこそが、もっと大切なのだと思います。

 

母への想い

 

私が9歳で読売クラブに入団してから、母はどんなに遠方でも、どんな悪天候でも、

必ず試合会場に足を運び、ゴール裏で見守ってくれました。

 

母の喜ぶ顔が見たくて、12歳で全国大会で優勝したときからこれまでずっと、彼女が喜びそうなことならどんな事でもやってきました。

私が見たもの聴いたもの食べたもので良かったものは、ほぼ全て彼女と甥っ子にシェアしてきました。

 

とはいえ、過去は過去。大切なのはいつでも今です。
最期の最後まで、悔いのないように、色々と工夫をして一緒に楽しみながらやり切ります。