本日は、寛仁親王が薨去されてから

ちょうど1年になります。

以下は、現在の皇室の重要な問題に関して

寛仁親王殿下が語られたお言葉です。


「宮中祭祀」は古代より連綿と

125代の天子様によって

守られてきた儀式です。

皇祖皇宗の祭祀をお守りになるとともに

国家安寧と五穀豊穣を

神々にお祈りになる

最重要な神道儀式であって、

皇室の存在の本務というか、

原点でしょう。

(祭祀の軽減)増減のことをいうなのなら、

外国訪問が多すぎるとか、

地方ご視察が多すぎるから、

お疲れのことを考えて減らす方向で考えよう、

というのなら判りますが、

「宮中祭祀」を同列に考えることは

想像外のことです。

極端な話、突きつめて考えれば、

天皇は「宮中祭祀」のみをなさっておられれば、

他事は無視をしても構わない存在

といってもよいでしょう。


女帝を認めるか否かの問題ですが、

女帝を認めるという立場に立つと、

いつの日か125代続いてきた、

わが国の万世一系の伝統文化・国体というものを

なくすことに結びつきます。

私は現在の皇室制度は、世界史に例を見ない、

唯一無二の貴重なわが国の財産と心得ていますので、

認めるわけにはいきません。

分りやすく説明すると、以前の議論は

愛子内親王殿下を女帝にできる制度

(他の女性皇族も皇族として残す)を

つくろうということでしたから、

それが現実化したときのことをお話しします。

愛子様が適齢期になられたとき、

一般国民のなかからしかるべき男性を配偶者にして

愛子様に天皇になっていただくということになります。

この場合、配偶者のことを外国式に

プリンス・コンソート(皇配殿下)に因んで

「皇配陛下」と呼ぶのかもしれませんが、

昨日までふつうの名前で呼ばれていた人が、

突然ある日から「陛下」と皆にいわれるのは

途方もない違和感があるでしょう。

そしてお二方が男であれ女であれ、

子宝に恵まれたとき、その方々にも

一般人から配偶者を選ぶことになります。

これが延々と続くことになります。

いままでは神武天皇以来の万世一系の

皇祖皇宗の祭祀をお守りしてきましたが、

お話ししたような例が実現すると、

愛子様の配偶者・ご親族(外祖父等々)、

そのお子様方の配偶者の

ご親族の祭祀をも祀らざるを得ず、

万世一系という太い縦糸がぷっつりと切れ、

神話の時代から継続してきた他に類のない

最古の家系である天皇家に対して、

代々の国民の人々が

崇拝の気持ちを持ってきてくれた素晴らしい伝統が、

ガラガラと崩れさります。

そして、いつの日にか間違いなくさまざまな人が、

「天皇の家系も平成までは特別だったけど、

その後はわれわれの家系図とどこが違うのか?」

と言い出すでしょう。

となれば、わが国体は自然にまとまりを失い、

漂流するに違いありません。

一君万民は何としても守るべき、

わが国の麗しい伝統ですから・・・。


皇室典範の改定はいずれにせよ必要なことです。

秋篠宮家に悠仁親王殿下がご誕生になったとはいえ、

男性が少ない情況が変わったわけではありませんから、

変更せざるを得ません。

その方法論の一つとして、

一番真っ当なかたちとしては、

GHQによって臣籍降下された十一宮家のなかから、

現存しておられるご一家に復帰していただくのが

一番自然でしょう。

もともと皇族でいらしたわけですし、

万世一系に連なっておられる方々ですから。

昔のお名前で戻られるのもよいでしょうし、

あるいは秩父・高松宮家のように

絶家になってしまった宮家を名乗っていただいて、

祭祀をお守りいただくというかたちもあります。

そうしておいて、いま一つは現職皇族と

お戻りいただいた皇族の方々とのあいだに

養子制度を認めることです。

悠仁親王の二人の御姉様(佳子様、眞子様)のご主人を、

お戻りになった皇族様のなかのしかるべき適齢期の

男性から選ぶという方法もあるでしょうし、

佳子様、眞子様がお戻りになった皇族男子のところに

嫁に行かれるというかたちもあるでしょう。

常陸宮様や私が、戻られた宮家の方々のなかから

男子に養子として来ていただき、

両宮の祭祀を続けてもらうこともできることになります。

以前にもいっていますが、

旧皇族様方が現職のわれわれと

絶縁しているわけではなく、

たびたび宮殿や御所やその他で

お目に掛かっているのです。

ですから、今日復帰されても

違和感はまったくないですよ。

その反対に、どれほど古い家柄や名家の方でも、

普通の方が突然ある日から「宮様」と呼ばれるほうが、

よほど違和感は大きいでしょうね。


現在は、天皇ご一家や、秋篠宮様たちをタレントのごとく

扱う記事やニュースが頻繁に出てきて、

芸能人のごとしです。

皇族はマスメディアを通して国民と付き合うのではなく、

さまざまな行事とそれに伴うご視察などの時間帯に、

直に国民と接触なさることが原則であり、

お言葉をお掛けになり、

国民が素直にお返事をして

会話が成り立つというかたちが、

昭和天皇がつくりあげられた、

新しいかたちの皇室と国民の触れ合いだと思います。

「開かれた皇室」という言葉は、外国の王室のあり方を

表面的に見て誰かか言い出したのでしょうが、

わが国の皇室と国民とのあいだは、

彼らのようにつねにパフォーマンス(王室も国民自身も)を

していなければならない人種たちと違って、

言葉で表す必要のない「安心感」が

両者のあいだにあるので、

何千年も連綿として続いてきたのだと思います。


静かに鎮まった状態にあるのが

一君万民の関係の本質だと思います。

現在のように、パフォーマンスをする皇族というのは、

時代がいくら変わったとはいえ、

邪道であり、間違っています。


高松伯父様がお怒りになったことがあります。

極左が暴れていたころ、皇居も赤坂御用地も周囲に

グレイの機動隊の装甲車が何十台も要所に駐車して、

いざという時に備えていたときに、

「皇室は古来より軍隊・警察に守られてきたのではない。

その時々の国民一人ひとりが守ってくれたからこそ、

いまも残っている」と宮内庁の幹部に

きつく注意をされました。