世間はゴールデンウイークだというのに、

相変わらず忙しい日々を過ごしています。

私はブログさえも更新が滞っているというのに

私の同志には、ブログ、facebook、twitterを

毎日何度も更新しながら、仕事もしっかりして、

護国活動もやっている超人的な男がいます。

いったい、いつ寝ているのかと心配になりますが、
その同志が言うには「自分なんかまだまだ、

Nさん(アメブロでもおなじみの方です)なんて、

さらにYouTubeまでやっているし、

あちこち飛び回っている」と言います。
そういった方々の奮闘努力があるからこそ、

日本は最後の一線で崩壊せずに

済んでいるのかもしれません。


さて、その同志がゴールデンウイークのはじめに

私のブログ記事を二つばかりシェアさせてくれと

言って来ました。

「転載」するということみたいですが、

facebookではシェア、twitterではリツイートとか

言うのだそうで、まあOKしたのですが、

どうも私にはついていけません(汗)


今年の4月28日はサンフランシスコ講和条約が

発効して満60年ということで、

私が去年、条約に署名して満60年のときに

書いたブログを転載させてほしいとの事でした。

もう一つは去年の4月29日(昭和の日)の

昭和天皇の御聖徳に関する記事でした。


その後、その同志からまた連絡があり

4月28日のサンフランシスコ講和条約発効の日を

主権回復記念日として祝日にするという意見があるけど

どう思う?と聞かれました。

このブログを読んでくれている保守系の方には

賛成の方も多数いらっしゃると思いますが、

私とその同志の答えは同じで

「違和感がある」というのが正直なところでした。


私とその同志はお互いに30年前まで

民族派の学生運動をやり、

当時の我々のスローガンは

「Y・P体制打倒」「帝国憲法復原改正」に始まり、

「反憲法・反安保・民族自立」に行き着きました。

「反安保」というと最近の保守派の人には

何故?という疑問があるかもしれませんが、

日本は独立を回復したといっても、

アメリカに押し付けられた憲法のままで、

自衛隊はあっても、真の国軍ではなく、

アメリカの核の傘下で守られているだけであって、

単なる「対米従属」に過ぎず、

日本は真の「独立国家」とは呼べない

「半国家」だというのが我々の認識でした。

その意味では我々には主権回復が完全には

まだ為されていないという想いがあるのです。


また、その同志が言うには、

日本はサンフランシスコ講和条約発効によって、

主権回復したということになっているが、

そのときの沖縄の人々の気持ちはどうだったか?

「取り残された」「見捨てられた」という

絶望感に打ちひしがれた人々が多数あったであろう。

沖縄の人々にとっては「祖国」が「分断」された

「悲劇の日」になってしまったのが事実なのです。


今年の4月28日は、自主独立回復60周年ということで

自民党をはじめ各党が新憲法草案を出して来ました。

その中で、たちあがれ日本の平沼赳夫代表は

次のような談話を発表されました。


独立回復から六十年を迎えて(談話) 
 
昭和二十七年四月二十八日、
わが国は、サンフランシスコ講和条約の発効により独立を回復した。
しかし、国際政治の厳しい現実の中で、
沖縄・奄美・小笠原諸島などの復帰が遅れたことを
我々は忘れてはならない。
しかも、占領国により強制された日本国憲法については
未だに放置されたままである。
現行憲法は、
わが国の歴史と伝統を十分に踏まえていないばかりか、
危機管理をはじめとする国家的重要課題に
対処する術をもたない“平時”憲法であり、
わが国の再生を妨げている。
 憲法は、
わが国の誇るべき歴史と伝統を踏まえて、
国民自身の手で自主的に制定され、
強固な意志により順守されるべきものである。

今般、わが党は、
あるべき日本の将来像を見据えた改憲論議を主導すべく、
「自主憲法大綱案」を策定した。
この「大綱案」を通じて国民ひとりひとりが
わが国の将来像を議論し、
日本の復活に向けた機運がより
一層高まっていくことを期待する。

平成二十四年四月二十八日
 たちあがれ日本代表 平沼赳夫



沖縄・奄美・小笠原諸島の復帰が遅れたことまで
言及していただいたのは平沼代表だけではなかろうか?
5月15日は沖縄祖国復帰40周年である。
この日を日本の自主独立回復記念にすればの声も
あるかもしれないが、
領土的に見ても、今は日本人の誰も住んでいないとはいえ、
北方領土も返還されておらず、
また、竹島も奪還しなければならなくなっている。
日本の本当の自主独立は、
自主憲法制定と、
自国を、他国の力を頼らず、
自らの手で守れる軍隊を持つこと。
それから領土問題の解決なのである。