あけましておめでとうございます。
皆さん、お正月はいかがお過ごしでしょうか?
年末年始休暇は近所のスーパーと自宅の往復しかしていない、まつこです。
突然ですが、皆さんには推しがいるでしょうか?
昨今、推し活なるものが流行っている様子。
私の職場でも、女性陣の約半数が推しの所属するアイドルグループのライブに行ったりしているようです。
一方、私には推しがいません。
推し活的なことをしたこともありません。
推し活にいそしむ人たちを側から見ていると、すごく楽しそうでいいな〜と思います。
最近では、ある程度人と打ち解けてくると、「推しはいないの?」という質問をよくされます。
私は派遣社員のため、定期的に派遣元との面談があるのですが、その面談でも「推し活とかしてないんですか?」と聞かれました。
推しがいる人にとっては相手のことを知るための良い質問なのかもしれませんが、推しがいない私は、ないものを聞かれても困ってしまいます…。
申し訳なさげに、「推し…いないですね…」と答えるしかありません。
せっかく振ってくれた話題を広げられないため、やや気まずい気持ちになります。
正直、推しについて聞かれるたびに、ちょっとしたプレッシャーすら感じてしまいます。
好きな漫画やアニメのキャラや、作家、作曲家、役者等はいても、推し活で見られる「好き」とは何か違うんですよね…。
私の場合、好きなキャラは心の中に飼っておきたいので、グッズ集めにはあまり興味がありません。
そのかわり、物語は何度も見返します。
好きな作家、作曲家に関しては、その人の生み出す作品が好きなのであって、その人本人に夢中になるということもありません。
役者に関しても、その人と役とのマッチング具合で「良いな~」と感じることが多く、役者個人にはそこまで興味はありません。
好きなものを推すというよりかは、好きなものには「なりたい」んだよなぁ…。
推し活をする人はなぜ、推しを推すのか。
推しってなんだ…と考えて、YouTubeで推し活に関する動画を見てみたりしましたが、あまりピンときません。
「推す」って感覚がよくわからない。
あれは一体、誰に向けて推してるんでしょうか?
「推しと一緒にいたい」という理由から、アクリルスタンドや人形を持ち歩く人たちがいるようですが、それらを推しの分身だと思える感性がよくわかりません。
なんなら、わざわざ作った人形やアクスタより、頭の中で再生する「好きなもの」の方がまだ本物に近い気がする…。
私がもし宗教を立ち上げたら、間違いなく偶像崇拝を禁じるでしょう。
そしてもっと不可解なのが、何でもかんでも「推し活」にしようとしてる人たち。
ラーメン推し、ウイスキー推し…
それはもう推し活じゃなくて、「ラーメンが好き」「ウイスキーが好き」でいいだろ。
推し活の定義が迷走を始めていて、これはブームの終わりも近いかもしれないと、ちょっと期待しています。
居心地悪いから早く終わってほしい…。