2025年11月29日(土)、朝夕の冷え込みがじわじわと効いてくる時期に入っていますが、熱帯から極寒の地域までを経験しているからと高を括っている老人は好天とあれば構わず散歩に出かけます。てへぺろ

 前回東京と神奈川の境を歩いたことの第二弾として目的地に選んだのは小田急線町田駅。

町田市は東京都中央部から南の神奈川県側に大きくせり出した地域なので千葉からもそこそこ遠く、これまで縁のなかった地域です。

JR町田駅。乗ってきたのは小田急線ですがぐるっと逆のの字に歩くつもりだったので着地したのはこちら側。

まず5分ほど南に歩くと鹿島神社に至ります。立派な両部鳥居があります。

大きな注連縄を纏った拝殿です。ご祭神は武甕槌命。

広い境内には見事な公孫樹が黄葉を見せてくれていたのでパチリ。町田駅から5分の距離ですがここは神奈川県相模原市。都県境は前回のような広い多摩川ではなく、ごく普通の境川なのでいつの間にか都県境を越えていたという感じです。町田市エリアが一時期神奈川県だったという歴史も少し納得できますね。

東に向かって10分ほど歩くとJRを跨ぐ歩道橋脇に町田天満宮が鎮座しています。

途中、境川を渡るのでここはまた東京都町田市。

拝殿です。ご祭神は菅原道真公。

境内には数社の合祀社殿があります。大きな社殿ですね。

JR横浜線を越えて道なりにしばらく歩くと高ヶ坂石器時代遺跡・稲荷山遺跡がありました。都会の住宅街の小さな一角だけですが、こうやって遺跡が保存展示されています。

さらに道なりにしばらく歩くと高ヶ坂熊野神社に至ります。

大きな社殿の前に立つと気持ちが引き締まりますね。ご祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命。

西北に向かって今度は20分ほど歩くと母智丘神社に至ります。もちおじんじゃと読みます。

路地のような参道を進んだ先に大きな社殿があります。ご祭神は豊受姫大神・大歳大神。

今度は南西にしばらく歩いて小田急町田駅すぐ近くに戻ってきました。賑やかな駅前商業エリアですが小田急百貨店のビル沿いに町田稲荷があります。大企業の近代的なビルにもこういうお社が祀られているのは素晴らしいですね。

ちょうどお昼時だったので町田稲荷すぐ向かいにあるお店で牛鋤鍋膳をいただきました。爆  笑

満腹になった後は町田駅の西側に廻って少し歩きます。小さいながらきれいに整備されている稲荷神社があります。

さらに西に10分弱歩くと長栄稲荷社に至ります。やはりきれいに手入れされていますね。

続けて西に10分弱歩くと森野住吉神社に至ります。歴史を感じます。

大きな社殿です。ご祭神はもちろん住吉三神。

JR横浜線を越えて南側に行こうと歩いていたら踏切ではなく線路下歩道がありました。たまに遭遇しますが、こういう地下道は大好きです。✌

地下道を過ぎるとすぐに境川を渡ります。厳密にはこの地域だけはこの先も少し東京都ですが、朝に越えた都県境はこの川です。

神奈川県側に入ってすぐのところに大久保稲荷神社があります。

今度は東南方向にしばらく歩くと日枝神社に至ります。

大きくてかっこいい拝殿ですね。ご祭神は大山咋命。

東側すぐ近くに稲荷神社があります。愛嬌稲荷・金色大明神とも呼ばれているようです。

今度は南に10分ほど歩いて山王神社に参拝します。

今度は北に10分。鹿島神社元宮に至ります。この地にあった鹿島神社が別のところに分筆されたというような説明碑があります。

東にまたしばらく歩くとした森稲荷神社に至ります。

新しく造成された区画のようですが、お社はしっかりと新区画に遷座されています。こういうのを見ると日本人の素晴らしさを感じます。

今日も町田駅周辺の都県境をたくさん歩けたので、この後はまた境川を越えて町田駅から帰路に着きました。

 2021年11月19日(金)、急な商用で大阪に来ることになり翌日の帰路途上に奈良を少し歩こうと決めました。前月の関西本線完乗連続きっぷの旅に刺激されたというわけではありませんが、何も往復の終起点が同じ駅でなくてもいいのではないかという理由にもならない理由が動機です。

 記憶が全くないとはいえ一応奈良県生まれの私ですから久しぶりの奈良県を短時間でたくさん歩きました。

朝一番で仕事の締めくくりを終えた後、近鉄線の大阪難波駅に到着、かっこいい特急電車を見送って、奈良行きの快速急行に乗ります。💦

私が子供の頃の近鉄特急と言えば今のビスタカーの塗装がすべてだったのですが、今はいろいろな車種や塗装があってとても楽しいですね。

大和西大寺で橿原線に乗り換えて近鉄郡山駅下車。徒歩数分の距離で車窓からも見える大和郡山城跡にやってきました。私の生まれ故郷近くだからと言うわけでなく続百名城のスタンプを頂くのが最優先でした。てへぺろ

堀の南側からアプローチします。二の丸側にある郡山高校の対面には柳沢神社があり、こちらが本丸側になります。五代綱吉公側用人の柳沢吉保公を祀ります。

拝殿の先を進むと天守台があります。天守台からも大きな天守があったのだろうなと想像できます。豊臣秀長公が拡張しただけのことはありますね。

天守台からだけでもこれだけの景色が見られます。天守最上階からはもっと広く見渡せたのでしょうね。

天守台東側に橋で渡ると柳沢文庫というものがあります。この時は入らずに失礼しました。

柳沢文庫前の道を進むと追手門に着きました。電車から見えるものがこれです。写真左側の道から出てきたのが違和感でした。びっくり

左から追手向櫓・中央が多聞櫓・右側が追手門。

振り返ると追手隅櫓もあります。

追手門を正面から見ます。そして改めて追手門から入城します。

入場後北に進むと立派な建物が見えてきました。元々奈良公園にあった図書館をここに移築して城址会館にしているそうです。すごい建物を現役として使ってるんですね。

郡山高校の生徒さんたちでしょうか、なにやらクラブ活動をしているようでした。

この後は近鉄郡山駅に戻って電車に乗りました。

北に二駅乗って西ノ京駅で下車。駅すぐ近くの薬師寺にやってきました。恐らくはこの時が小学校の遠足か何かで来て以来半世紀ぶりくらいの訪問です。完全にお上りさんの感覚でやってきました。💦

金堂を挟んで右側が西塔、左側が国宝の東塔です。

国宝東塔です。六重に見えますが実は三重塔、各層に裳階(もこし)を挟んでいます。小学生の時に説明を聞いたはずでしょうが1ミリも覚えていません。笑い泣き

この後も境内をじっくり見学させていただきました。

北に向かって20分ほど歩いて唐招提寺にやってきました。境内に入ってすぐに国宝の金堂が目に飛び込んできます。

金堂の先には国宝の講堂があります。疫病の影響も重なってかより静謐な境内が素敵です。

右側が経蔵・左側が宝蔵、どちらも国宝です。金堂や講堂も含めて奈良時代の建設物です。1200年以上前からあるものが目の前にあります。💦

開山御廟。鑑真和上の墓所です。

お上りさん気分ながら薬師寺と唐招提寺を歩いて小学生以来の記憶の空白をそれなりに埋めることができました。3年半後に世界遺産大好き女子のカミさんを案内する事前勉強にはなりました。ウインク

唐招提寺前にバス停はあったのですが、遅れていたようなのでもう一度西ノ京駅まで歩きました。

二駅乗って午前中に乗り換えた大和西大寺駅に戻ってきました。既におやつ時でしたが昼食を採ってなかったので、駅ナカで大急ぎできつねうどんを掻き込みました。💦

遅いランチ後、東に向かって15分ほどあるいて平城宮跡にやってきました。巨大な大極殿が再建されています。ものすごく広い宮跡なので遠くからでもずっと見えていました。

子供の頃はこんな復元建造物などなかったと思うので、完全に初訪問です。

大極殿内部は高御座などの展示を見学できました。

3年半後にカミさんを案内した時は復元された建物が増えていたようでしたが、とにかくやたら広い宮跡だという記憶だけは役に立ちました。爆  笑

見学後は多少疲れたので大極殿近くのバス停からバスで大和西大寺駅に戻りました。

大和西大寺からは懐かしいビスタカーカラーの近鉄特急で京都経由帰路に着きました。

お昼はきつねうどんだけだったので新幹線では京都駅で買ったお弁当を夕食にいただきました。照れ

 2021年11月6日(土)、楽しい関西本線完乗の旅から帰って1週間、朝からのポカポカ陽気に誘われて散歩の虫が頭をもたげました。

とは言っても時間も早くなく目的地のアイデアもない状態では遠出もできないということで上野公園だけでも歩こうと思いました。そういう意味では完全に風まかせのちょこっと散歩です。

JR上野駅公園口を出て進むと右手に見えてくるのが東京国立博物館。この時は特に興味をそそる展示が無かったので外から撮影します。💦

これは本館、重要文化財です。

本館西側にある表慶館。かっこいい洋館ですね。こちらも重要文化財。

博物館への公園側アプローチには噴水があります。

噴水広場から南に少し歩くと小松宮彰仁親王の銅像があります。鳥羽・伏見の戦いや戊辰戦争に従軍されたそうです。

南に進んで不忍池に浮かぶ寛永寺不忍池弁天堂にやってきました。

上野公園のほぼ定番たる観光スポットを歩いていると、今度はもう一度北に向かってみようという気持ちが出てきました。

国立博物館近くまで戻ってきてこんなものを見つけました。先程写真だけ撮った博物館正門の西側にある鳥取藩池田家上屋敷の正門だそうです。すごいです。

さらに西に少し歩いた交差点に博物館動物園駅跡があります。なんかすごい建物ですが、京成電鉄にあった博物館動物園駅の地上出口だそうです。今は廃止されてますが、京成上野から電車に乗るとホームの跡が見られます。

元々6つあった照明灯を1つ復元したものだそうです。

交差点の反対側になにやらレトロな建物がありますが、門柱には「東京藝術大学」とあります。こんなところに藝大があるんだと驚いちゃいました。💦

上野公園の内側に進んでいくと旧東京音楽学校奏楽堂があります。東京藝術大学の前身でしょうね。この日は演奏会があって見学は出来ませんでした。

ボードワン博士像。この地の自然を残して公園にするよう進言したのがこの方だそうです。

広い上野公園ですから、ちょっとメインとは違うルートを歩くだけで新鮮な出会いがあってとても楽しいです。この後もう一度上野公園しばらく歩いてから帰路に着きました。

 2021年10月30日(土)、前日午前に名古屋、午後に大阪での商用を終えて、恒例となった帰路の気まま旅が始まります。これまでは大阪に行けば関西地区を観光&散歩してから帰路に着くか、帰路の途上に途中下車して観光&散歩というパターンでしたが、今回は移動のルートを単純往復でなく、まず関東から通常ルートで大阪に向かい、その後関西本線で名古屋に向かうという一筆書き切符と名古屋から関東という所謂連続きっぷを作って乗ろうという発想を優先しました。

 関西本線は子供の頃、SL撮影で柘植機関区までは行った記憶がありますが、その先は未踏のはずで、関西本線に名古屋まで乗り通すだけでもワクワクしましたが、経路上には城郭などもあり、とても楽しい旅行となりました。

投宿先の天王寺から関西本線の旅が始まります。この時はまだ201系電車が現役でした。

この電車は王寺止まりなので私はこの次の大和路快速に乗りました。

まずは奈良駅で途中下車。新しい高架駅にはこの時に初めてやってきました。

味気ない高架駅を出た駅前広場に旧駅舎が保存されていました。近代化産業遺産に指定されています。私が子供の頃に来たのはこの駅でした。

旧駅舎内部には平城宮の装飾も設えてあり、観光案内所になっていました。

奈良駅に戻るとまだ現役の101系奈良線電車がいました。私が子供の頃の大阪環状線はこれでしたね。

私は奈良線には乗らずに関西本線の電車で加茂まで乗りました。

加茂から先は非電化なので亀山行きのディーゼルカーに乗ります。近畿地方を横断する関西本線というイメージとワンマンディーゼルカーは違和感がありますね。

降りたのは伊賀上野駅。明治30年開設の駅だそうです。駅舎が当時のものかどうかはわかりませんがとてもレトロな感じがいいですね。

駅前には愉快な案内板があります。伊賀といえば忍者ですよね。

そういえば松尾芭蕉もここの生まれでしたね。

愉快な塗装の伊賀鉄道に乗ります。

数分乗って降りたのは上野市駅。忍者市駅は愛称のはずですが、そちらの方が大きく描かれており英語まであります。爆  笑

ここにも芭蕉翁の像があります。

駅の北側に回って伊賀上野城を目指します。途中、白鳳門が目に入ります。維新後全ての建物が破却されたはずですが、この場所に門が再現されているなんてすばらしいと思いました。

さらに西に少し歩くとレトロな門が見えてきました。旧第三尋常中学校の校門で、先には校舎もあります。現在は三重県立上野高校の現役校舎です。伊賀上野、いいですねぇ。

さらに進むと見えてきたのが高石垣。これぞ伊賀上野城とも言える驚くべき高さの石垣です。

伊賀上野城大小天守です。史実通りではないようですが、昭和初期に建てられた復興天守としては最古級レベルだったと記憶しています。

手前の階段から天守に登ります。

城郭の拡張に尽くした藤堂高虎公の像があります。

高虎公の兜。これはとても有名ですね。

素晴らしい眺めも堪能できました。

天守を降りて高石垣を上から見下ろします。

特にフェンスなどもなく全身に鳥肌が立つ高さでした。

搦手の北側には忍者博物館があります。もちろん吸い込まれました。

館内には様々な仕掛けがあります。

忍者と言えば手裏剣ですね。

博物館すぐ近くには俳聖殿があります。もちろん芭蕉翁のことですがとてもユニークな形の建物ですね。

伊賀上野城を堪能して、伊賀鉄道でJR伊賀上野に戻り、関西本線のディーゼルカーで亀山駅に行きました。

亀山駅もいい感じの駅舎ですね。昭和57年の改築だそうです。子供の頃よく聞いた駅名で、ようやく来ることができました。

亀山駅前には巨大な鳥居がありました。扁額には能褒野神社とあります。日本武尊終焉の地だったのですね。この時は知識もなく特に感動することはありませんでした。💦

能褒野神社はここからかなり遠いところにあるのですが、現在は残念ながらこの鳥居は撤去されているそうです。

亀山駅に戻って、今度は亀山から名古屋まで快速電車に乗ります。

亀山から東はJR東海のエリアですべて電化されており、これで関西本線の全線完乗を果たしました。とても楽しい関西本線完乗旅行を満喫して名古屋から新幹線で帰路に着きました。

 2025年11月16日(日)、待ちに待った散歩の週末、地図を眺めて京急線沿線をたどっていくと羽田空港近くの雑色駅を発見。東京都と神奈川県の境を流れる多摩川が蛇行した東京都側に照準を合わせました。

 多摩川の蛇行によりベロのように西にせり出したエリアに京急本線の駅が2つあるようなのでぐるっと歩くには手頃な広さだなと思って出発しました。

高架駅の線路方向に出口のある雑色駅です。「ぞうしき」は難読駅名でしょうね。

品川から京急線に乗って京急蒲田の次の駅ですが、羽田空港へは京急蒲田から空港線が分かれていくので、羽田空港に行く以外に東急線に縁のなかった私は今回初めて降りました。

駅から東に向かって15分ほど歩いて上田妙法稲荷神社にやってきました。

住宅地の中の児童遊園併設のお社です。

社殿です。御祭神は宇迦之御魂神。子供たちを見守っています。

さらに南に5分ほどで八雲神社に至ります。氏子の方々がお掃除されています。

今度は西に5分ほどで御嶽神社に着きました。日本武尊を祀ります。

さらに西に10分弱歩くと八幡神社に至ります。雑色八幡神社と呼ばれているようです。ご祭神は誉田別命。

境内末社として伏見稲荷大明神もあります。

引き続き南西に10分ほど歩くと六郷神社に至ります。このエリアは神社がとても多く私の散歩に最適です。鳥居の先に立派な神門があります。

しかも鳥居の前には神橋もあります。ワクワクしてきますね。

御神木です。巨大な夫婦楠です。

素敵な拝殿ですね。巨大な唐破風にくい込む左右の庇が珍しく感じました。

ご祭神は応神天皇。

境内には旧六郷橋親柱が保存展示されてました。「?六郷橋ってどこかで聞いたかな」と感じました。

南に5分ほど歩けば多摩川の土手に出ます。野球場が2つ並ぶくらいの河川敷があります。しかも右側にも2面あります。見ていると野球をやりたくなってきます。

多摩川土手を西に数分歩いて第一京浜の橋をくぐると北野神社に至ります。鳥居扁額には北野天神とあり、社号標には止め天神ともあります。

社殿です。ご祭神は菅原道真公。扁額には止め天神とありますが小さく落馬とも書いてあります。八代吉宗公が落馬しそうになった時にここの神が落馬を止めたということに由来するそうです。なんかすごいですね。

すぐ東側に歩くと第一京浜の脇にレトロな六郷橋の橋門がありました。この時にようやく箱根駅伝の通過点に六郷橋というポイントがあったなと思い出しました。

調べてみると六郷神社で見た親柱は明治43年に架け替えられた時の親柱で、今見ている橋門は大正14年に架け替えられたもの。駅伝で通過するものは昭和59年に架けられた最新版だそうです。長い歴史のものがこうやって残っているのはとてもいいですね。予備知識ゼロでこういうものに出会えるのが気まま散歩の醍醐味です。✌

少し歩いて通りかかったのが六郷土手駅。駅名の由来はもはや理解できています。

ちょうどお昼時だったので、駅周辺で見つけたインド料理屋さんに入ってキーマカレーを注文しました。辛さを尋ねられたのでもちろん辛口を注文しました。

マスターは以前国会議事堂のレストランで16年働いて、ここに店を開いたと話してくれました。とても美味しいカレーでした。

満腹になってすぐには京急に乗らずに散歩を続けます。北に数分歩くと熊野神社に至ります。西六郷熊野神社と呼ばれています。

さらに西に少しの距離に高畑神社があります。日本武尊を祀っています。

北に10分ほど歩けば西六郷諏訪神社に至ります。建御名方命を祀ります。

東に数分ほどの距離に白山神社があります。西六郷白山神社と呼ばれているようです。

伊邪那岐命を祀っています。

すぐ隣には薬王寺があります。

JRの高架を過ぎて東にしばらく進むと仲六郷熊野神社に至ります。ご祭神は伊弉諾命。

出発点だった雑色駅北側少しのところです。

最終的にこの駅を起点にぐるっと一周歩いて戻って来たことになります。

決して広いエリアではないですが、しっとりと味のある街だなと感じました。