新年早々、悲しい事故のニュースがありました。
深夜運行のスキーバス事故。

このブログでは、こういった話題は避けていたのですが
深夜運行のバスはちょっぴり思い出があって
他人事とは思えないほどのショックを受けたので
少しお話をさせてください。

ずっとずっと昔の学生のころ、
先輩が帰省に利用する際、夜行バスを利用するというので
出発時間まで他の仲間たちと一緒に時間つぶして
見送りに行きました

当時はスキーブームで、5~6台のバスが梅田から出発だったのですが
スキーでもなんでもなくただ単に帰省する先輩は
なんと、最後の一台に一人っきりで貸し切り状態だったんです!!

他のバスに乗る人たちは皆楽しそうにグループで大勢で乗っているのに
自分は一人ぼっちなものだから先輩ったら、すっごい寂しそうで、
「だれか一緒に乗ってくれー!!やっぱり俺も大阪に残るーーー!!」
なんて叫んじゃって。
ただの帰省なのに、今生の別れみたいな大げさなこと言っちゃって。
見送りに行った仲間たちで大笑いしました。

吹奏楽部だったので、数名が楽器をもってきていて
皆でホタルノヒカリ演奏して、
涙あり笑いありの見送りでした。

深夜バスって安いのも魅力ですが
夜遅くまで一緒に遊べるのも魅力なんですよね。
もちろん、見送りに行く側は逆にその日帰れなっかたりするのですが
それがまた学生の楽しいところで。

たったそれだけの思い出なのですが
それでも、私にはこの日の出来事は
今でも昨日のことのように思い出されるんです。

それから25年の月日が流れ
きっと規制緩和などで競争が激しくなって、
バス会社の労働環境も変わってきてたのかな。

でも、変わっていないのは、深夜バスは
若い学生が
楽しく利用するっていうことですよね。

亡くなられた方たちの年代を見て
あの時の光景が思い出されて、涙が出てきてしまいました。

その先輩が貸し切り状態だったとき
当時は運転手さんと車掌さん(旅行会社の方かも?)の二人がいたのですが
「長年勤めてるけど、一人貸し切りは初めてですよー」
「まぁ、貴重な経験ということで」

なんて、冗談言っていて。

他のバスには、スキー板を抱えた
同じような年代の大学生が乗り込んでいっていて
今でも鮮明にその時のことを覚えています。

後日談として、先輩に聞いたら、
運転手さんたちがとても親切で
到着するころにはすっかり仲良しになっていた
なんてって言ってました。

若いから可哀想、とか、年をとっている人だったらいい、とか
そんなことではなくて
ただ、人が一番輝いている時期、
怖いものなんて何もない楽しくって夢もいっぱいのその瞬間に
全てが奪われるなんて、残酷すぎです。

ご家族の方の無念を考えるといたたまれません。
仲間たちの負った心の傷を考えると、悲しくて涙が出てきます。

そして、この年齢になっているからこそ思うこと。

福知山線の脱線事故の時もそうでしたが
やっぱり、労働環境が悪くなってきてるのではないでしょうか。
高齢者がそれほど無理してまで働かなければならないということも
とても気になります。
取り返しのつかないことを犯してしまった運転手の方も、
本人は精一杯働いていたんじゃないでしょうか。
たくさんの命と夢と希望を奪った運転手とツアー会社の罪は
どう償っても償いきれるものではありませんが
この事故に隠された重大な問題を見過ごしてはならないような気がします。


だからと言って、私に何ができるかと言えば、何もできないのですが・・・。

福知山線の事故の時、友達を亡くした女の子の言葉で
とても心に突き刺さっているものがあります。

「防げたはずの事故は、運命なんかじゃない」


お亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。