4月、番組の更改で新しく始まった朝ドラを何気なく見ていて衝撃を受けた。
胎児にへその緒が巻きついたくだりです。
私の産んだ子にも一人、いたのです。
私には男、女、男、男と4人の子供がいます。
長男はハネムーンベビー。。
5月に結婚して翌年の3月に生まれました。
北国で育って、慣れない大阪の地で大所帯の零細家業の嫁、
しかも、初めてのつわりが、ジメッと蒸し暑い6,7月・・・。
体を持ち崩して臨月まで吐き戻すという、、、
姑は優しく気づかってはくれましたが。
長女は1年2カ月しか空かない年子でした。
長男誕生後の5月に義弟の婚礼があり、
翌年の、私の臨月には義妹の結婚式があり、
その頃は派手婚の風潮で、
式場で式を挙げた後、自宅にもう1度参列者が集い
どんちゃん騒ぎをするという塩梅でした。
しかも、その何日か後に法事を控え(まさに、その翌日の朝長女は生まれました。)
私は何度も買い物に行くうち、道の真ん中で転んでしまい、産むまで足を引きずっていました。
長女を産んだ後、異変が起こりました。
寝ても、起きても,立っても、座っても、腰が痛くて、子供さえ抱けない状態です。
整形外科でレントゲンを撮っても分からず、、、
鍼、やら、無量寺というお寺で5円玉くらいのお灸をすえたり、湯治に行ったり、、、
ありとあらゆることを試しても治らず、、、
「あ~、私の一生はこれで終わるんだ~」と諦めかけた頃、
親戚のおばさんの「和歌山の家の近くで空手をしている人の治療が評判になっているよ。
試しに行ってみたら・・・」という事で、行ってみました。
「お産の後に仙骨がずれてしまっている。股関節も抜けている。荒療治だから、熱が出るから帰る道々で薬局に寄って座薬をすぐ入れなさい。明日は残ってた神経が痛むからゆっくり休みなさい。ふつう、1週間に1度施術するけど、きついから、10日に一度3回来たら治ります。」と夢のような言葉・・・。
翌日、体はつぶれたかのようでしたが、確かな感触を覚えました。
回復したその後も、事あるごとにその先生に診て頂きましたが
本当に”地獄に仏”とはこういうことをいうのかな?と思いました。
二男はその3年後に生まれました。
長女の経験から大事を取って、産むまで家業も手伝わず
胎教にクラシックを聴いたり、読書三昧(何故か、偉人伝とか徳川家康、新書太閤記、三国志など)で1番のんびりしました。
でも、、その子が逆子になり、教えてもらった体操をしているうちに
へその緒が巻きついたようです。。
「・・・病院に行って産みなさい、って言ったのに・・・。」産婆さんと手伝いの人との会話。
生まれた子供が泣かないようです。ピシャピシャと叩く音がして・・・。漸く産声を上げました。
身長も体重もこの子が1番大きかったです。
三男は産むぎりぎりまでミシンの仕事をしていたので私のお腹は三角形で、へその緒が極端に短く
出べそになり、長い事へそに5円玉をくっつけていました。
そんな訳で無事4人の子持ちとなりましたが
大変だったのは、祖母の方です。
私が4人、義弟が3人、義妹も・・・と、次々増える孫で家は保育園さながらでした。
いとこにもまれながら・・・でも、二男が一番おとなしかったようです。
自分愛用のくまさんの枕の耳を持ち、うろうろ…寝る場所を部屋の隅に確保し、勝手に寝る・・・という。
「この子は自分の事は自分でするよ」・・・祖母の言葉です。
今、我が半生を顧みる時、4つの宝物を授かった事をしみじみ有難く思うのです。
そして、自分の力では成し得ない生命の奇跡、不思議を痛感するのです。
我が家に来るべくして生まれた命、そこからの親兄弟の繋がり・・・。
でも、同じ親から生まれても確たる個性をもった別々の命。
何とも思わず過ごしてきましたが、考えれば不思議ですね。
それと、人との出会い。
和歌山の先生に巡り合う事がなければ私の人生も変わっていたことでしょう。
人生の山坂を越えたこの頃・・・とみに考えます。
節目節目で、大切な方々に巡り合い、助けていただいています。
そして、骨折して入院して暇を持て余す事がなかったら
スピリチュアル・・・と云う言葉さえ知らずに終わったと思います。
ベッドに横になりながら、入ってくるメールや音声に聞くともなく聞いているうち・・・
iphonは離せなくなっていました。
この学びは私の人生の総決算・・・と思います。
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