90年という膨大な時間
本当にお疲れ様でした。
じいちゃんは職人気質だったのか、いつも寡黙な人だったよね。
そして、本当に怒ったところを見たことなんてない。
ばあちゃんに小言言われても、嫌味言われても
いつも上手く受け流して大人な対応を見せてもらってました。
私が高校生の頃、友達と上手くいかない時があって泣いていた時
「お母さんに話聞いてもらえ」って言ってくれたっけね。
いつも物静かなじいちゃんだけど、その一言に
じいちゃんの優しい気持ちが受け取れました。
一緒にご飯食べたり
病院に乗せてったり
話したり
今考えると、全然じいちゃん孝行してあげれてないね。
でも、出掛ける時にいつも被っていた帽子とか
ばあちゃんが作ったご飯を「うまい」って言って食べるところとか
太くて温かい指とか
そういう何気ない日常ばかり思い出して
今涙が流れてます。
じいちゃんは、戦争を経験して
子供を2人亡くして
孫を亡くして
ずっと大工として働いて
すごくすごく大変だったと思います。
私の若干23年の人生とは比べものにならない位
想像を絶する苦労があったかと思います。
でも、その中で、子供が結婚したり
孫が産まれたり
ひ孫が産まれたり
喜びもあったんではないかなと思います。
その中に私が居たらいいのだけど…
私はじいちゃんの孫で良かったって思うよ。
じいちゃん、ありがとう。
本当にお疲れ様でした。
じいちゃんは職人気質だったのか、いつも寡黙な人だったよね。
そして、本当に怒ったところを見たことなんてない。
ばあちゃんに小言言われても、嫌味言われても
いつも上手く受け流して大人な対応を見せてもらってました。
私が高校生の頃、友達と上手くいかない時があって泣いていた時
「お母さんに話聞いてもらえ」って言ってくれたっけね。
いつも物静かなじいちゃんだけど、その一言に
じいちゃんの優しい気持ちが受け取れました。
一緒にご飯食べたり
病院に乗せてったり
話したり
今考えると、全然じいちゃん孝行してあげれてないね。
でも、出掛ける時にいつも被っていた帽子とか
ばあちゃんが作ったご飯を「うまい」って言って食べるところとか
太くて温かい指とか
そういう何気ない日常ばかり思い出して
今涙が流れてます。
じいちゃんは、戦争を経験して
子供を2人亡くして
孫を亡くして
ずっと大工として働いて
すごくすごく大変だったと思います。
私の若干23年の人生とは比べものにならない位
想像を絶する苦労があったかと思います。
でも、その中で、子供が結婚したり
孫が産まれたり
ひ孫が産まれたり
喜びもあったんではないかなと思います。
その中に私が居たらいいのだけど…
私はじいちゃんの孫で良かったって思うよ。
じいちゃん、ありがとう。
